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T.Nishijima

Author:T.Nishijima
2010年2月に妻が脳幹出血で倒れる。2013年3月に白雪姫プロジェクトと出会い、積極的なリハビリアプローチを始めるため、その回復への道のりを記録しようと日記をはじめました。また、このプロジェクトの存在を知ってもらいたいと思っています。
http://www.shirayukihime-project.net/

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ベッドサイドからの景色(16)
<窮まれば変ず。変ずれば、通ず。通ずれば久し。>

時はとどまることなく、変化し続けます。そして、陽が窮まれば、陰へ変じ、陰が窮まれば、陽へ変じます。夏が極まり冬へと向かい、冬が窮まれば夏へと向かいます。しかし、その背景に現れる目に見えない「兆し」みたいなものがあります。それは、出会いだったり、体調だったり、色々な形で現れるようです。

次男の就職のことで思い出したことがあります。大学入試の時のことだから、もう7年前の話です。彼はドラムを叩いていて、バンドが好きで、歌もまぁまぁ歌えるタイプでしたから、大学など行かずに、バンドをやりたいなどと、言い出すのではないか?と思っていました。僕は高校卒業後、家出同然に飛び出したような人だったので、その時はしょうがないなと思っていました。ところが僕と違って真面目な次男は、何故か?本当にどうしてなのか?まったく良くわからないけど、社会福祉を学ぶ大学へ行きました。僕はバンド好きな息子がそこに行ってもつまらないだろうと思い、「良い事だけど、つまらないぜ」と言って、他の大学へ行けば?と勧めたりしていました。本人も「何故かわからないけど、ここに行きたい」と言って、田園調布学園大学というところに入学しました。そして大学卒業後は病院で手術後の器具洗浄をやっていましたが、転職し、CMなどの撮影用美術制作の会社に入り、楽しく仕事をしていました。しかし昨年、ヘルニアを煩い退社しました。その後、様々な仕事の面接に行ったようですが、なかなか職につけずにいましたが、今年の2月、介護用品レンタルの会社へ入社しました。これも、卒業した大学からすれば自然ですし、就職動機とすれば母親の状況からすると、これも自然な事でした。まさに、窮まり変じて通ずる・・・です。。

今回、僕がこのブログを書き始めたのは、山元さんの講演会を見に行ったことがきっかけでした。この講演会に誘ってくれたのは、25年以上前に一緒に仕事をしていた歌手の方からの誘いでした。Facebookを通して声をかけていただき、この講演会に行き25年ぶりに再会しました。本当に不思議なものです。それから山元さんへメールをし、メールのやり取りの中で「白雪姫プロジェクトに入り、ブログを書いてみませんか?」と声をかけていただき、この3年を振返りそれを未来へ繋げて行こうとブログを書き始めました。文章にしてみると、自分でも、そうだこんなことがあったなぁ。このタイミングで、この人と出会えて本当に助かった。こんな事がきっかけで、息子が結婚して、孫まで生まれた。この嫁なら、妻の状態を説明しなくてもわかっているから良かった。あの時、息子と会わずに、お礼の手紙を切手を貼って投函していたら、17年ぶりの再会は無かったかもしれない。このほんの少しの差で、息子の結婚はなかったのかもしれません。・・・など、自分と家族の人生を振返りながら、この2週間、一気に文章を書き続けて来ました。

僕自身の人生で、こんなに毎日文章を書くことは初めての経験です。2010年の手帳を見ながら、「目をあけた」「気管切開手術」「指がうごいた」などなど、ちょっとしたメモを見つけると、その時の情景や感情が浮かび上がってきて、それをただただ文字にしてみると「僕というのは、こんなことを考えていた人なんだな」ということが見えて来て、面白いものだと思いながら書いていますが、文章から見えてくることの一つは、すべてが繋がっているという事です。そこに「縁」というものを感じるのです。

一昨日の夜にレッツ・チャットの開発者の松尾さんからメールをいただき、土曜日(今日の事です)の午後、妻のところにレッツ・チャットを持って来てくれるというメールが来ました。偶然、納品予定が一件キャンセルが出て、時間があいたのが、妻の病院の近くだったそうです。僕は言語伝達装置としてこう言うものがあると知ってもらいたいと思い、担当ソーシャルワーカーにも立ち会ってもらう事にしました。見ておいていただけると、次のカンファレンスの時に、僕たちが進んで行きたい回復の方向として、ここを目指したいということが伝わりやすくなります。

昨夜、山元さんへ松尾さんが訪ねて来てくれることをメールしました。山元さんからは、松尾さんは、スイッチを使える場所を捜すのが上手な方だと返信がありました。松尾さんを待ち構える為に早めに病院ロビーで待機していたら、松尾さんは約束の30分前にいらっしゃいました。早速、妻に紹介してから、色々なスイッチを見せてもらいました。今日の妻は少し熱があったためか、集中力が足りなくて、目がなかなか開きませんでした。期待しながらも1時間半ほどの時間の中でスイッチを使えそうな場所を見つける事は出来ませんでした。これからも、そんなに簡単な事ではないし、とても険しい道だろうと思います。

振返ると、様々な「縁」と「出会い」を経験して来ましたが、それはいつも、「今すぐに効果が出る」というものではありません。いつだって、いくつもの「出会い」が複雑に絡み合って、そこにたどり着くのです。その「出会い」のタイミングはいつだってピッタリと合っています。僕は山元さんの講演会を通じて<白雪姫プロジェクト>と出会い、松尾さんのレッツ・チャットと繋がりました。そして今日、どなたかのキャンセルの都合で、偶然にも松尾さんとお会いする事が出来ました。レッツ・チャットの実物を見る事ができ、その素晴らしさと、スイッチの種類とスイッチセンサーの性能を具体的に把握出来た事は、とても大きな収穫でした。次のステップへ向かうイメージがはっきりとしました。

<白雪姫プロジェクト>との出会いは、僕と妻にとって、とてもいいタイミングでやってきました。昨年、僕が肺炎、肝炎、ヘルニアと連続的に身体を壊し、それが原因で、会社を辞めたのですが、これも妻のところに毎日行ける時間へと繋がりました。これもきっと、妻の意識が出て来たこのタイミングでやってきたチャンスを、僕の身体が教えてくれたのだろうと思っています。そんな時、山元さんの講演会へ行き、<白雪姫プロジェクト>を知ることになりました。きっとこれも「ご縁」なのだろうと思いました。妻には次へ進む「道」が用意されているようです。それは、きっと宮ぷーのうしろに出来た道なのだろうと思います。

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未分類 | 19:44:40 | トラックバック(0) | コメント(0)

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