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T.Nishijima

Author:T.Nishijima
2010年2月に妻が脳幹出血で倒れる。2013年3月に白雪姫プロジェクトと出会い、積極的なリハビリアプローチを始めるため、その回復への道のりを記録しようと日記をはじめました。また、このプロジェクトの存在を知ってもらいたいと思っています。
http://www.shirayukihime-project.net/

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「つまらない」・・・がぁ〜ん、、、涙のアンコール(+α)


今日、守本さんが僕の家のポストにDVDを入れてくれました。記念すべき柴田先生と妻・清美との出会いをすべて記録しておいてくれた映像を、DVDRにしてくれていました。僕はちょうど、病院へ行ってしまっていたので、お会いできませんでしたが、編集して短くした上で73分の記録を本当にありがたいばかりです。泣いちゃうから、母親が眠るまでは見るまいと決め、母が眠ってからDVDを見る事にしました。、、、、、まだ、母には話をしていません。息子にも、息子の嫁にも、嫁の母親にも、妻の友人たちにも、全員、メールしましたが(笑)、母には気持ちの動きが大きすぎるかなと思い、ちょっとまだ話をしていないです。体調のよさそうなときに、徐々に、報告していきます(笑)、、、もー、学習しないというか、、、わかっているのに、またボロボロの73分となるわけです。「こらっ、もういい加減にしなさい!」と自分でも思います。涙は出っぱなしですが、DVDを見ていて新たな発見がありました。ビデオ記録を守本さんが妻に許可をもらおうと話をしていて、妻の真意は結局よくわからなかったのですが、、、、柴田先生が来てから、柴田先生への許可を得て、その時に優さんが「清美さんにも許可をもらって、いいと言ってもらったと思っているので、、ねー清美さん」と声をかけた瞬間に、映像でほんのかすかに2度うなずいていました。

それと、柴田先生が一文字づつ文字を打つ中、現場では、涙と感動でわからなかったのですが、僕のことを気遣っていることを文字「あなたのことがしんぱいでしたよ。わたしより。」を綴る直前に、僕の手を強く握っていました。それも、普通今までに感じることのない「握力」と呼んで良いレベルの力が入っていました。その時は、「あっ、手に力が入った」としか思っていませんでしたが、DVDを見て、その整合性がよくわかりました。このタイミングでちゃんと伝えたかったのでしょう。それを現場で理解できないくらい舞い上がっている僕は、とてもダサイなと(笑)
すべてが、理にかなっています。すごいです。映像記録を撮っていただいて、本当によかったです。
ビデオを再確認して、筆談部分の記録を書いていなかったので、新たに書き加えます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
妻:ふしぎです
妻:うれしいです
妻:なぜかけるの
柴田先生:えっとですね。手首から先は動かなくなっていますが、肩から腕全体が、重みのように、縦か横へ行こうとしている構えがわかるのです。あと、筆を上げて、次の所に持っていくのは、直感です(全文ではなく要約です)
妻:きせき
妻:せんせい こんなやさしいひとがこのよのなかにいるのでしょうね
柴田先生:それはですね。ちょっとね、今までの経験から言うと、僕は子供たちといっぱい会って来たのですが、そういう子供たちが、こういうことをこっちに開発させてくれるのです
妻:しょうがいのあるこどもたちですか
柴田先生:そうですね

妻:おもしろそうなひとですね
柴田先生:だいたい同世代が集まってると思うんですね、私イヌ年です。
<柴田先生、守本さんご夫妻が、僕の一つ上、妻は一つ下ですので、みな同じ世代です>
妻:みなおなじころ せいしゅんしてたのね
<この時に優さんが妻の笑顔を確認していますが、、、僕にはまったくわからなかった>
次に、守本さんがどんな歌手が好きだったかを質問しました。
妻:まつとうやゆみ
優さん:ユーミン!私も大好き!春よ〜♪
妻:なかじまみゆき・・・
僕:え?そーお?
妻:・・・は きらい・・・
優さん:えー?きらいなの?
柴田先生:理由は?
妻:・・・くらい
一同笑い (※ちなみに、僕は大好きです。みゆきさん、ごめんなさい)

僕:先生、ここのところ、車椅子にのせると目をとじているのですが、、、テレビを見せるとパチッと目を開くのですが、、、何故、目を閉じちゃうのか知りたいんですけど、、、
妻:つまらないから
僕:つまらないから・・・ひどーい、そー。。。
〜一同爆笑〜
優さん:リハビリつまらないですか?(笑)
柴田先生:でもつまらないからですが、目を閉じている時、その時は何をしているのですか?
妻:むかしをおもいだしています
柴田先生:それはリハビリの時間なのですか?
僕:車椅子にのせて、、、かっこちゃんが、背を立たせようということで、がんばってやっているんですけどぉ・・・ちゃんと目を開けて!!とかやっているんですけど、、、なんだ、つまんないんだ・・・(ちょっと不満げな声)
柴田先生:(気を遣って言葉をかぶせるように)でも、それなりに、ちゃんとリハビリにつき合う為に、昔を思い出しながらちゃんとやっているっていうことですよ。
優さん:じゃー、じゃー、じゃー、今度はユーミンの音楽をかけながらなら、ちょっとやってみます?、、どうでしょう?
僕:うーん。。。ユーミンは持ってきています、、、じゃぁ、眩しいわけじゃないんだ。。。(憮然としている僕、、、まだ、立ち直れていないガキ、、、はずかしい)
妻:はい でもいものままでだいじょうぶです (ふーむ。。大人の妻、、やはり僕の負け)
柴田先生:今のまんまで大丈夫みたいですね(笑)
優さん:じゃぁ、今度は目をあけてがんばりましょうね!!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この後は、ほぼ、<「しあわせの」の基準> にかかれています。

あと見直して、気がついたのは、誕生日ですが、、、
妻は「次男の誕生日の方が簡単なので、そちらから言います」・・・と言っていました。
長男は6月24日、次男は6月10日です。なんとなく、イメージはつかめているわけです。
これも、そうだったんだなと今、見直して思いました。

僕と妻は、ざっくり言えば生まれてから25年はお互いに別々の青春を行きました。そして、結婚して25年間は、子供にも恵まれ、楽しい日々でした。それで一通り経験してきました。それが終わり、今度は、妻は脳幹出血、家族全員が、新しい世界へと踏み出しました。一番つらい3年が経ち、今、僕は新しい人生に突入したのだと実感しています。

人間は、健康であろうが、障害があろうが、どんな人であろうと誰も一人では生きていけません。どんなに偉そうにしている人でもです。こんな当たり前のことを、仕事ばかりしていた時の僕は、頭ではわかっていても「そんな時間ないよ」と切り捨てて生きて来ました。大切な基準をすべてなくしていたのかもしれません。それは、僕だけでなく、今の日本人、もしくは人類がそうなっているのかもしれません。家族では協力することもありますが、どうも自分は自分、自分以外は関係のない世界というような考え方が多くなってしまったおうに感じます。実際そういうものだと僕も思っていました。

ここ数年、仏教の「唯識」や、ハワイの「ホ・オポノポノ」に興味をもち、勉強していますが、最近この二つには通性があると気がつきました。この共通した感覚を持ったのは僕自身のつもりで、妻に説明し自慢していました。しかし、本当は実体験として妻が最初に、その感覚を持ったのではないかな?と思います。僕のは知識ですが、妻のそれは感覚体験だと思います。その繋がりで、あっという間に、妻は白雪姫プロジェクトの方々と出会っていくことになったのでしょう。妻と関わってくださった方々も、この人間としての共通体験を知っている方々ばかりのように思います。・・・ヤバイ・・・これは、今文章を書きながらそう思ったのですが、それを知らなかったのは、僕だけだったのかな?っと、今気づき、ちょっとヤバイと思ったりしています(笑)きっと自然も花も、鉱石も、空気も、川も、海も、かっこちゃん、宮ぷー、スイッチを送ってくださった二宮さん、宮ぷーの部屋であった、まこさん、ひろこさん、そしてもちろん妻の所に来てくださった、レッツチャットの松尾さん、守本さんご夫妻、柴田先生、、、、と、これからどんな事が僕らを待ちうけているのか?と、妻の言葉ではありませんが<不思議>に思いながら、次の段階へと向かっていきたいと思います。

なんか、うまく言えませんが・・・・どちからかと言えば、これからがとても楽しみです!

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未分類 | 23:50:37 | トラックバック(0) | コメント(6)
「しあわせ」の結晶
にしじまきよみしんじられませんがほんとうなのですね。ざんねんながらひとりではなにもできなくなったけれどすべてりかいできていたのでこれでつたえられましたね。ちいさいすまいですがここがいまのわたしのへいわなすまいですここにはさいこうのしあわせがあります。わたしはとてもしあわせものです。なにももうのぞむものはありませんがなんとかしてかんしゃのきもちをつたえたかったのでうれしいです。ちいさいしあわせかもしれませんがせかいじゅうのだれよりもしあわせです。ちりもつもればやまとなるといいますがにんげんのしあわせってそういうまいにちのくりかえしなのだということらをつくづくじっかんしています。そうわるいせいかつではありませんよ。なにふじゆうはくそんなにきもちもしずみませんよ。あなたのほうがしんぱいでしたよ。わたしよりも。でもこれですこしほっとしたわ。なかなかいえなかったことだったからいえてだいぶらくになりました。もりもとさんもありがとうございます。わざわざひつだんのれんしゅうにきてくださって。できそうなきがしていますからすこしやりませんか。

柴田先生が、オリジナルの文章データをメールしてくれました。
僕は先生の来る数日前から妻に「柴田先生という、言葉を引き出してくれる名人がくるから、自分の中で、言いたい事をしっかりと考えておいてね!」と何度も言っておきました。だから、妻の言葉の出だしが「信じられませんが本当のことなのですね?」・・・から始まったのは、妻が僕の言葉をしっかり理解していたということを証明する衝撃的な言葉でした。僕は何度も何度もこの妻の言葉を繰り返し読み返しています。読む度に、涙が止まらなくなります。彼女はいつも僕のことを心配してくれていました。毎日どんな思いで僕のことを見ていたのだろう?と今考えてみると、妻は僕が乗り越えていない壁をとっくに乗り越えていて、子供を眺めるようにハラハラしていたのだろう。気持ちを伝えられたことは妻にとってもホッとしたことだったでしょう。

かなり以前から、すべてを冷静に見つめて、自分の状況を把握し、その中に「しあわせ」さえも見つけ出していました。それも「小さなしあわせですが世界中の誰よりしあわせです」と豪語しています。事前に考えていた台詞でしょう。すごい女と結婚したものだと思います。

何でこのような詩的な表現が出来るようになったかを考えてしまいます。とても少ない言葉数の中にインパクトがあります。<塵も積もれば山となる、人間のしあわせは毎日の積み重ねだと実感している>・・・これも、本当に実感していないと、出てこないフレーズでしょう。きっと僕が会社を辞めて、毎日、リハビリやら特訓やらをジャンジャンやらかすわけですから、それを面白がってくれているようです。昔、子供が2人になったとたんに、テレビ局系列のとてもいい会社にいたのですが、もっと仕事の幅を広げたいというだけで、次の仕事も決めずにポンと会社を辞めてしまったことがあります。その時も、「あーあ、この人は何を言ってみても無駄だな」と、それについて一言も言及しませんでした。子供二人をつれて危ない橋を渡る僕を笑って眺めていました。しかし、当然その中でも心配するわけです。今回もきっとそんな感じだったのでしょう。この妻の文字を一文字づつ読んだ日から僕の心は“泣き笑い”した変な顔になったままです(笑)

実はこの3年間、僕の方がずっと不安だったことがあります。それは妻は「絶望」の中で生きているのではないか?という不安でした。僕なりにはいつも明るい顔で、とにかく元気づけに行き、絶対に一人だけになんかさせないということを、会いにいくことや、歌を作る事で理解してもらいたいと思っていました。しかし、それでも僕の不安は拭えませんでした。仕事をしていても、何をやっていても、心の奥底にそんな不安、、、というより“恐怖”と呼んだほうがいいと思うけど、そんな感覚をいつも抱えて生きて来ました。

因幡晃さんの歌「ベッドサイド」は、妻が倒れた時の僕の気持ちを素直に妻に届けるための歌でした。白井貴子さんに歌ってもらった「夢の雫」を作ったことの動機は、妻が感じるであろう「絶望」を、僕は一緒に歩くのだという宣言をすることで、暗闇の孤独から救い出すつもりで書いたものでした。次男が歌った「僕たちのルール」は、“あきらめないこと”をテーマに、やり続けることをお互いに約束しようと作った歌です。いつも僕は必死だったのですが、それは自分の中の“恐怖”を相手に独り相撲をしていたようなもので、妻は、これらの楽曲、歌を聞けた事を、病気になったからこそ味わうことが出来た「しあわせ」と位置づけていたのです。すでに自分の中での「絶望」を、、最悪の状態を正面から受け入れた上で、既に次のステップへ進んでいて「しあわせ」まで手にいれていました。本当にびっくりしました。そして、それを知った瞬間に僕の中の“恐怖”は消えました。それどころではないのです、僕が“恐怖”に囚われている間に、とっくに妻は先を歩いていて置いて行かれていたわけで、これからは小走りで追いつかなくてはなりません。こういう事実を知る事が出来て、はじめて僕は精神的に安定することが出来たと思います。妻は腹を据えて人生を見つめ、哲学を導き出しているのに対して、僕は自分の稚拙さをはずかしく感じますが、今後はこれで血圧も安定してくると思います(笑)

”言葉”、“文字”という伝達ツールがこの世に存在していて本当に良かったと心から思います。白雪姫プロジェクトを知り、ブログを書き始めて、かっこちゃんと宮ぷーへ会いに行き、守本さんご夫婦と知り合い、さらにPCを含めたテクノロジー、柴田先生のような研究者、、、、信じられないことの繋がりの連続により、3年3ヶ月ぶりに、妻の心の言葉を知る事が出来ました。

妻は運動機能をなくし、遷延性意識障害(植物状態)と呼ばれる人間となり、このことがこの全ての人たちとの繋がりを作る事となりました。妻はそれを<人間の交差点に自分が立っている>というような表現をしていました。植物状態になり、それがきっかけで、人と初めて知り合う。それが、柴田先生であり、守本さんご夫妻だった。表現が面白いのは、本当にそう思っているからでしょう。妻の言葉はこの3年で非常に洗練された印象を受けます。全ての運動機能を奪われてしまった中で、人間とは何か?を考え、心の底からの「感謝」を感じ「しあわせ」を見つけました。柴田先生には冗談さえも、伝えていました。

言葉に出来ない感情さえも、きっと自分の中で言葉に変換してみたり、その言葉の感触は自分の感じている感覚としっくり行く表現か?など、様々な作業が昼も、眠れない夜も、常に行われていたのではないかと思います。そんな中で「しあわせ」にたどり着いたのでしょう。これは、ある意味では人類はいつだってすぐに「しあわせ」を手に入れる事が出来ることの証明ではないでしょうか。僕らはいつも都合の悪い事は他人のせいだと言い訳をします。しかし、すべては自分の中にあることだと、妻は悟ったのでしょう。仏教の「唯識」もハワイの「ホ・オポノポノ」もこれについては、同一見解のようです。

不幸も幸福も、すべては自分の中にある。その「しあわせ」の結晶がこの美しいひらがな文字の集合体です。妻からこのような哲学を学ぶ日が来るとは思いませんでした。このひらがなが、一文字づつ打ち綴られて行った瞬間を、僕は一生忘れないでしょう。

未分類 | 10:00:13 | トラックバック(0) | コメント(4)

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