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T.Nishijima

Author:T.Nishijima
2010年2月に妻が脳幹出血で倒れる。2013年3月に白雪姫プロジェクトと出会い、積極的なリハビリアプローチを始めるため、その回復への道のりを記録しようと日記をはじめました。また、このプロジェクトの存在を知ってもらいたいと思っています。
http://www.shirayukihime-project.net/

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歌声が届く場所

最近「奇跡の脳」を読んでだり、唯識を勉強したり、静功(呼吸法・瞑想)をしたりと、その総合的な感覚として思っていましたが、昨日の「きんこんの会」に参加してますます思いをつよくした事があります。やはり、情報が伝わる形、脳のどこの部分を通過して伝わるタイプの情報なのか?によって、表現が出来たり、出来なかったりするのだろうということです。

妻の場合、言葉でものを考えて、その内容を理解して、その言葉に連動した動きを作り出すということが出来ません。とても苦手です。しかし、最初に顔をあわせたときの挨拶。帰る時のバイバイの挨拶。これだけは、しっかりと首を動かしたり、まばたきをしたりして、返事をしてくれます。これは、当たり前の礼儀であって「言葉」で考えるとかいう以前の動きで、生理的な感覚=「動き」という具合に直結しているように感じます。ようするに「言葉」を経由していません。思考を言語化した信号を処理して、理解して、その情報を運動に結びつけるというこは苦手なのですが、もっと直接的に感覚として処理できることは、首を動かしたりすることに直結するというようなことではないかと思うのです。

そういう意味では、あかさたなスキャンは「言語」を意識しながら、それを動きを連動させるというもっとも苦手な仕組みなのかもしれない。このところの、色々な反応や手応えを得て「今でしょ!」と力を入れて作った<あかさたなスペシャルボード>は、どうも出る幕がなさそうだ。こういうことろは、あまり引きずらないで、さっさと方針を変えてしまえばいいと思う。

昨日の「きんこんの会」で、もう一度やってみようと感じた「筆談」、この方法は、もっと直接的で感覚的なのだ。文字を言語で考えるわけでなく、身体が文字を覚えていて、その文字を動きを含めた<何らかの方法>で伝達してくるということだと理解できた。こちらがその信号をキャッチできるようになれば、そちらのほうがより直接的で、それが文字の表現に繋がる可能性があるのだ。

これからは1日5分でも、毎日トライする時間を作っていこうと思います。とにかく「3年で目指せシュシュシュッ!」を合言葉に、やり続けてみようと思っています。

今日は、友人二人が妻を見舞いに来てくれた。一人は24年前に家に遊びに来たので、妻とも面識のある作詞家の純子さん。もう一人は、僕をかっこちゃんの講演会に連れて行ってくれた歌手の下成佐登子さんだ。僕は二人に昨日の「きんこんの会」で経験した話をしたり、上記のように「言語」で考えることではない感覚的なことが大切なこと。そしてお優さんたちが来たときの刺激が、どれほどすごかったかという話をした。ベッドの両側でステレオ生声ハーモニー、それに足の間には“体当たり”の赤ちゃんがつぶらな瞳で妻を見つめながら手足をバタバタしているのである。イメージしたみただけでも、すごいですよね(笑)こんな刺激的な世界はアリスワンダーランド以上だろう。

今日は外は風が気持ちよいから、端座位あと車椅子にのっていつもの公園に出た。あのお優さんたちの歌声はとても気持ちよかった。せっかく歌手がきたのだ、ここでもおねだりしておこう。「下成なんか歌って」と僕。純子さんは「そーよ。歌いなよ。」とすぐかぶせて来た。いい感じだ(笑)この自然な流れが大切なんだよな。これはもう歌うしかないわけです。こんな流れを妻の脳内に作り出せれば、それが自然と動きに繋がるのだろうと思いながら「何歌う?」と追い打ちをあびせる。下成さんは「清美さん、ユーミン好きなんだよね。じゃ、卒業写真」といって、歌ってくれた。妻はとても気持ち良さそうに歌を聴きながら風に吹かれていた。もちろん僕は「次は何歌うの?」と、その自然な流れは止めない(笑)2曲目はとてもいい歌だった。「下成、この歌なんていう歌なの?」「糸」「ふーん。いい曲だね。誰の曲なの?」「え?それはねぇ。まぁ、えーっと」というようなやり取りがあってわかったのだけど、中島みゆきさんだった。さすが、いい歌を書く人だ。僕はとても好きなのですが、下成さんもこの歌はとても好きなのだろう。「清美、どうだった?下成の嫌がらせ。面白かった?」「えー、西嶋さん、嫌がらせなんかじゃないー」(爆)そんな僕の嫌がらせのパターンを知っている妻は、気持ちよさそうに歌と会話を楽しんでいた。

ベッドにもどって、二人が先に帰ったあと、テレビを見せようと体勢と整えたが、テレビを見ていない。テレビ好きな妻にしてはめずらしい。目もパッチリあけたまま、なんか考えているようだ。「あれ?清美、テレビ見ないの?」「うん」と言うようにすぐに首をうなずくように動かした。こんな事もあるんだな。歌の余韻を自分の中で楽しんでいるようにも見える。

生の歌声は感覚を直接に動かしてくれるのだろう。歌声が届く場所は、上側頭回だけではない。ジル・ボルト・テイラーが言うところの、右脳マインドとよんでいるような場所、それはきっと「心」ということなのだろう。右脳を経由して、自然な流れの中で「心」に直接働きかけたときに、レスポンス(動き)もすぐに起こってくる。

今日の結論:歌声が届く場所は「心」・・・なんか、とても当たり前の話だな(笑)

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