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T.Nishijima

Author:T.Nishijima
2010年2月に妻が脳幹出血で倒れる。2013年3月に白雪姫プロジェクトと出会い、積極的なリハビリアプローチを始めるため、その回復への道のりを記録しようと日記をはじめました。また、このプロジェクトの存在を知ってもらいたいと思っています。
http://www.shirayukihime-project.net/

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肝腎要とぎっくり腰
ぎっくり腰になった。
扇子ではつなぎ止めている金具のところを、要という。これが外れるとバラバラに崩れる。そんなところを要という。腰は身体の要である。にくづきに要と書くなどなるほどと思う。昨日リハビリをするときに、なんかおかしいと感じていた。かっこちゃんたちに、寝ているときの身体の移動方法や、身体を端座位に立てるときの方法などの「コツ」を教えてもらったのに、いつのまにか「力」まかせになってしまっていたのかもしれない。

かっこちゃんのように根本的に握力が8kgという、驚異的に力がない場合は、本物の「コツ」を体得しるし「コツ」を駆使しなくては、宮ぷーの身体はピクリともしないだろう。しかし、にわか仕込みの僕のようなのは「コツ」より「力」のほうが、簡単だったりするのだろう。

昨日、妻のリハビリをしているときに、ちょっと違和感があった。でも大丈夫だろうと、中腰を多用してしまったようだ。長距離の車の運転や毎日のほんの少しづつの負荷の連続が、こういう状態を招くのだ。腰をここまでダメにしたのは、昨年以来だ。ちょっと、過信していたようだ。こうならないと、そのことに気がつかない。

昨夜から僕は立ち上がるのが大変だ。靴下ははけない。暑いからいらないけど。たいして働いていもいないのにな。まったくがっかりである。それにしても、かっこちゃんの“力無し”と“体力”の反比例には驚きである。毎日、朝はみなさんご存知のメール配信、そこから仕事へ行き、仕事終わりで宮ぷーのとことに行って、ハードリハビリをリードして、20時に病院を出てから夕飯である。そこから、きっと翌日のメールの準備やら、気分によっては曼荼羅を書いたり、本のカバーを作ったりしている。ここのところは、アフリカへ思いを馳せているのだろう。それで土日は各地で講演である。

最初に講演を見に行った時に、身体は大丈夫だろうか?と心配した。あのスケジュールはどう考えても大変だと本当に心配になった。ところが思いはすでにアフリカである。きっと動物の食物連鎖のことや、生命の不思議に思いは広がっていることだろう。あの尽きぬ興味の塊が、生命を信じる力となり、その力は決してあきらめない粘り腰となる。超人とはこういう人のことをいうのだろう。握力8kgこそがかっこちゃんの「コツ」の要だ。弱みも強みとなる。

熱をだしたり、腰を痛めたり、まったく軟弱だと、母から叱られた(笑)文句を言えるように元気になったことは、めでたいことである(笑)今日は腰で体重を支えながら、身体を丸くして、寝ていることにしよう。妻は何故来ない?と待っているだろう。しかし、無理しても長引くだけであることもすでに経験済みだ。僕は超人にはむいていないようだ。人間はあきらめも肝腎のようだ。

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未分類 | 14:03:39 | トラックバック(0) | コメント(1)

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