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T.Nishijima

Author:T.Nishijima
2010年2月に妻が脳幹出血で倒れる。2013年3月に白雪姫プロジェクトと出会い、積極的なリハビリアプローチを始めるため、その回復への道のりを記録しようと日記をはじめました。また、このプロジェクトの存在を知ってもらいたいと思っています。
http://www.shirayukihime-project.net/

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にぎやかな病室 その1
レンギョウ

<“しあわせ”っていうものは、自分の考え方ひとつで、いつでも身近にあるものです>
・・・・などという耳障りの良いことをよく耳にします。ある意味それはその通りですし、でも心のどこかでは、胡散臭い切り口だなと思うこともある。だいたい「しあわせ」を定義づけしないで、イメージだけで捉えると、何でも言えちゃうという危なさがある。でも、なんでもない毎日の幸せって本当にあるんだよなぁって心底思うこともある。でも、これがまた難しい。

今日は特別な一日でした。お優さん率いる、激突・・、いやちがった、体当たりの赤ちゃん、アヤヤ、そしてお優さんという突撃トライアングルに、ご主人が少し遅れて到着して最強カルテット。そこに柴田先生が到着して、夢のような奇跡のクインテットとなり、にぎやかな病室となった。

看護師さんたちも不思議そうな顔をしている。障がい者を前に、みんな明るく笑ったり、妻をふくめて会話をしているのだから確かに“へん”と感じる方が正常である。きっと「なんか、へんな集団」「あぶないから、あまり近づかないほうがいいかな」なんて、きっと言葉にはしていないけど、それぞれが心の中でそんな風に思っているのだろうと予想しながら、そのムードを楽しんでいる自分がまた可笑しくてついニタニタ笑ってしまう。明らかにこれは変態であると自覚したが、このにやけた笑いは止まらない。きっと妻も同じ思いではないかな?

もちろん今日も、びっくりする事だらけだった。何と表現すればいいのだろう?柴田先生と居ると、びっくりする事が起こるのが当たり前なのだ(笑)そう言った意味では、当たり前だから、びっくりすることになならないのだけど。。。パラドクスである。笑ったり、泣いたり、僕の心も忙しい日となった。

今日のメインイベントは、前回5月1日に妻が自分から宣言した「詩」がはたして出来ているのか?というのが注目の的だった。だいたい、僕の知っている妻は、自分の気持ちをあまり表に出さないタイプだった。周りの意見を飲み込みながら、みんながうまく行くように、自分の意見を表にださずに、まわりに気をつかいながら生きて行くタイプだった。そんな人が詩を書くという。本当かな?と思っていた。「詩」を生み出すというのは、自分の気持ちを掘り下げていって、潜在意識までダイビングして行き、そこから吹き出すように出てくる衝動を文字にする行為である。赤ちゃんの泣き声のようなものなのだ。僕の知っている妻は詩を書くなんてタイプじゃないのだ。

昨日「清美、すごいニュースがあるんだぜ!明日、柴田先生が来るよ。詩は出来ているのかい?」と話しかけたときに「出来てるよ」とでも言うように<パチリ>としっかりとした合図をくれた。どうも、本当に出来ているようだとは思っていたけど、その文字が目の前に現れると、それは予想もしていない切り口でびっくりした。柴田先生がコンピュータを操りながら、一文字づつ、あかさたなスキャンで妻の詩を拾い上げて行く。

詩を書きます。
(・・・という書きだしでスタートしました。実際は、全てひらがな、句読点ほとんどなし)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
時間に“流れ”があるように 私のこころも“流れ”があって
古い私が洗われて 新しい私へと蘇る
不器用な私らしい“流れ”だけど
確かにこころは“流れ”をもって歴史を刻み
目にも止まらぬ速さで 呆然と立ちすくむしかない人々を
こころの底から洗い流して行く

なぜ人は喜びと哀しみに もてあそばれてしまうのだろう
私にはわずかに論ずる言葉さえないが 論じられたら言いたいことがある
人は遂にその生を終える瞬間まで流れ続けるこころがあって
悶々とした思いの中で ずっとこころは流れつづけているということを
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

この詩のタイトルは「こころの流れ」ということでした。
それは、この後の会話の中でわかったことです。

妻が自分の心にずいぶん深くダイビングしたようで、
その底に地下水の川のような水脈を見つけたようです。
この「流れ」という言葉に、水を感じさせて、心の移ろいが、
時間の急流でもまれながら変化していった様を著したようです。

止まったまま動かない身体の中で、心は激流にもまれていき
古い心の角質を洗い流し、心は生まれ変わって、
新しい心=今の自分へと成長してゆくのです。
悶々としたという苦しい表現の中に、希望を映し出しているわけです。

まだまだ、磨かれていない原石のような詩ですが、
その心に秘めた輝きを見たような気がしました。
いつのまにか、凄みのある詩を書けるような女性へと変貌を遂げた妻に
おいていかれないように、努力していかねばならぬと気持ちが引き締まりました。

この後に、短歌を歌いはじめました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

息ひとつ メモるその手にレンギョウを

(本人解説)
辛い呼吸は私を苦しめますが、その呼吸を懸命にメモる夫の優しさに
レンギョウを思い出しました。レンギョウの詩をつくった星野さんと、
まさか同じ立場になるなどとは思わなかったので不思議な感覚です。
ご覧なさい私を!という気分です。誇らしい私です。以上です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

強き夜 どれくらいの暗闇か 図りかねつつ朝を待つ

(本人解説)
私は強い気持ちを持ち続けているという事です。どうしても明けない夜を歌にしました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

良い人生悪い人生問うなかれ ロウソクは燃え尽きるまで炎なり

(僕の解説)
すごい女と一緒になったものだ。

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未分類 | 00:31:49 | トラックバック(0) | コメント(2)

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