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T.Nishijima

Author:T.Nishijima
2010年2月に妻が脳幹出血で倒れる。2013年3月に白雪姫プロジェクトと出会い、積極的なリハビリアプローチを始めるため、その回復への道のりを記録しようと日記をはじめました。また、このプロジェクトの存在を知ってもらいたいと思っています。
http://www.shirayukihime-project.net/

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失敗は成功の基 〜 疎いの疎いの飛んでゆけー!〜 の巻
端座位を終えてから車椅子にのり、妻は僕の意味不明な筆談につきあってから、ヘトヘトになってベッドにもどろうと病室にもどったら、妻の親友のまやちん夫婦が来てくれた。ぐったりして僕には返事もしてくれない状態だったのだけど、まやには「来てくれてありがとうね。息子は元気なの?」・・・なんて、言っているムードで、目はぱっちり、口はもぐもぐ、首は振りまくりだった。。。。なんだ、まだたくさんパワーが残っているじゃん(笑)これも、きっと考えているわけでなく、何も考えずに「思っちゃう」ことの現象なのだろう。・・・それは、確かにその通りなんだけど、今日、僕はドンカンだった。疎かった。

まやが「清美、しばらく来れなくてごめんね」なんて言っている時に、僕は妻の左手を握っていたのだけど、左手にすごい力を感じた。「すごい力だな。今までとはまったく違うレベルの力を感じる。外から見ているだけではわからないけど、これが回復しているということなんだろうな」などと、話をしていた。まやちんは、ある病院で介護福祉師をしているのだけど、ある患者さんのベッドの両手のあたりに、ペットボトルが一つづつ置いてあって、それを患者さんが握ることが、握力トレーニングになるということで、そこに置いてあった・・・という話をした。その瞬間、、、僕はたまたま妻の左手を上に持ち上げていたのですが、左手の掌全体をつかって、握っては開くという運動を3回つづけてやってみせた。「うぉー!すげぇ~。なんだなんだ、そんなこと出来んのかよー!」びっくりしました。これは、初めての運動パターンです。本当に凄い事です!

まやちん夫婦が妻に会うのは、きっと半年ぶりくらいだったのかな?僕らにとっては、もう会話が100%普通に通じているのは当たり前の感覚になっているのだけれど、やはり、まやもご主人も、妻はそこまではっきりと言葉が理解できているとは思っていなかったのでしょう。

そういえば、僕自身も少し会話に違和感を感じていました。ご主人は、いつも丁寧な方なのですが「どう?清美さん、調子は。わかりますか?」・・・というようなムードもあり、当然それに反応する妻をみて「あぁ、すごく状態が良くなっているように感じますね」・・・というような、やり取りがあったのですが、僕は「そうですね。ずいぶんいいんですよ。」なんていいながら(だって言葉は全部わかっているんですよ)と口にしなかったけど思っていた。

きっと僕らの感覚は、5月1日に柴田先生が来たときに、決定的に変わったのだなということを、今になって気がついた。それ以前ももちろん、妻が言葉を理解していることは、僕はわかっているつもりだったけど、あれほどの感情、あれほどの言葉が、妻の中にあふれているとは知らなかった。それを目の当たりにした時から、僕らの生きる感覚はものすごく変化したのだろうと思います。だから、それ以前のままの思いで見舞いに来てくれたまやちん夫婦の感覚と、僕らの感覚はハッキリとずれていたんだろうと思う。そこにすぐ気がついたのが妻だった。だから、その時会話している言葉に直接的に反応しているところを見せて「ほら、会話は全部わかっているよ。ほら、手をこうやって動かすっていう話でしょ?」みたいなことだったんだなと、わかりました。最初からそれをまやちん夫婦にわかってもらいたかったんだろうと思う。最後までしきりにまやちんと会話をし、全力で、精一杯返事をしていた。

僕が年内にタイミングがあえば、きんこんの会に参加しようと思っているという話をした時には、今日一度もやっていなかった「い」「く」といいう口を横にしてから尖らせるフォームを3回連続で繰り返した。この時は、あぁ、やっぱり柴田先生や詩を書く仲間たちに会いたいのだろうななどと思っていたけど、僕はバカか? そうではなくって『今』話をしていることに、しっかりと反応するところを親友のまやちんに見せつけて、すべて理解しているよ!ということをアピールしたかったに違いない。もっと褒めてもらいたかったはずだ。きっとそうだったはずだ。。。あぁ、なんて疎いのだろうと思う。まったく、鈍感である。

「清美。昨日はごめんね。俺もさぁ、なんかちょっと違うよなぁって、思っていたんだけど」って明日、謝ろうかな・・・きっとあの目つきでにらまれる。「あなた何で気がつかないの?遅いでしょ?まやたちがいる現場でちゃんと仕切ってよ、もう。。。」「はい、今後、気をつけます」「もっと、しっかりしてね!」「はい」・・・(でも、ほら、僕のドンカンは良かったんじゃない?だって、わかってもらいたくて、あれだけがんばってアピール出来たんだからね。)・・・これは、心の中の声ですから妻には聞こえません。

しかし、しかし、色々と、考えれば考えるほど、ぼくらは幸せものだなぁと思う。この状態まで導いてくれたのは、いつもこうやって勇気づけてくれる友人たちがいるからで、出会いがあったからです。お世話になった病院の先生、看護師さんやスタッフ、いつも来てくれる友人たち。公園でひこうき雲を歌ってくれた、佐登子と純子さん。お優さん家族、柴田先生、かっこちゃん、宮ぷー、、、本当に、たくさんの方々が妻に刺激を与え続けてくれました。妻が、人間交差点なんていうイメージを自分で感じるのも面白い。本当になんて幸せ者なのだろうと思います。最近は、僕自身が昨年煩った、肺炎~肝炎~ぎっくり腰の連続と、まったく身体が使い物にならなくなったことまでも、すべてに感謝したいと思います。そのおかげで、今の妻との時間を手に入れる勇気をもらえたわけですから、すべてが本当にリンクして、ぼくらの人生をどこか面白そうなところに連れていってくれているような思いさえします。

さぁ明日は息子たちと、嫁と、孫がやってくる!孫を抱っこさせちゃうぞ!!
よっしゃ、明日こそがんばろう。疎いの疎いの飛んでゆけー! おー。

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未分類 | 21:51:20 | トラックバック(0) | コメント(0)
花束 〜「思い」は自動、「考え」は手動〜


やっぱり「思い」という力はすごいものがある。昨日病院を出る直前に、友達がお祝いに訪れてくれた。前回きたのは寒かったと言っていたから、半年ぶりくらいだろう。この僕の友人家族とは、家族ぐるみで毎年旅行をした。子供も同じ年だった。妻とその奥さんもとても仲がよかった。そんな友達がお花をもって来てくれた。

ウトウトしはじめていた妻の目が、びっくりするように見開かれて、首を動かし、口を動かした。感謝の「思い」をどうにかして伝えたいと「思った」のだ。それが、この動きに直結した。僕は左手をにぎっていたのだけど、凄い力で手首を返すような動きをしながら、内側へと腕全体を使って僕の手を引っ張った。この感動と「思い」は、表現したい心と直結して、それが左腕の「動き」に繋がったのでしょう。

凄い事だ。微動だにしなかった頃が1年はつづいた。あれから、こんな事が起こるところまで、いつのまにたどり着いていたのだ。大したものだ。

「思い」と「考え」というのはちがう。
「思い」は、「思っちゃう」のだ。花束をみて、勝手に心がそう感じて「思っちゃう」のである。「考え」は、もっと積極的に脳に働きかけないとなかなか「考え」てくれない。面倒くさいのである。脳はほっぱらかすと、すぐサボるのだ。やらないといけないから「考える」。だいたい、ギリギリになって、明日の準備を始めた時に、はじめて足りないものに気がつく。1週間前に「考え」ていれば、簡単に用意できたものを、今気がついたってもう間に合わない、でも大変な思いをしながらギリギリなんとかなる。いや、なんとかする。

そう考えてみると、「思い」は自動、「考え」は手動、みたいな感じだ。しかし、勝手なもので、自動的に「思って」その勢いで、自動的に「考え」たりすることもある。これは、心と脳の繋がり方の問題ではないかと「思った」り、「考え」たりする(笑)

なんで、こんなまどろっこしいことを書き始めたかと言えば、妻のそのびっくりするほどの「力」だ。あれは「思い」が起こすのだ。でも、理論的に「考え」て、意識して腕を動かそうとしても、そうはいかないのだ。人は脳がすべてだと思っているが、そうではない。やっぱり「心」がとても大切なのだ。あの力強い妻の腕の動きは、今は「心」のパワーで表現されている。しかし、きっともう少しだ。この「思い」と「考え」がうまく手をつないでくれた時、きっと妻の「手」や「口」や「まばたき」は、コントロールを手にいれるだろう。もう少し、、、それが今年か、来年か、10年先かわからないけど、それも、これも、もう少しである。

未分類 | 09:36:54 | トラックバック(0) | コメント(4)

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