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T.Nishijima

Author:T.Nishijima
2010年2月に妻が脳幹出血で倒れる。2013年3月に白雪姫プロジェクトと出会い、積極的なリハビリアプローチを始めるため、その回復への道のりを記録しようと日記をはじめました。また、このプロジェクトの存在を知ってもらいたいと思っています。
http://www.shirayukihime-project.net/

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精進つづくよ、どこまでも〜♪
今日はバスのタイミングが上手くあって、夕方、車椅子で30分散歩に出れた。ちょっとひんやりで、体温ちょい高めの妻にとっては、とても気持ち良かっただろう。きっと、外の空気を吸えるかどうか?は、気分がとても違うだろうな。

ベッドにもどり、マッサージ、そして今日の映画はドリームガールズ130分コース。

バッチリ見ていた。面白かったみたい。これも買ったまままだ僕は見ていないけど、先に見られちゃった(笑)そのあいだ、ずっと僕は今日の落第寸前の勉強をしているのだけど、それでもダメダメだ。あー、時間が足りない・・・と思っているうちに、映画終了。130分・・・・あっと言う間だな。

じゃぁ、仕上げに端座位だね。
たいへんだなぁ、お前。残念ながら、もう離婚はできません。諦めて下さい。はい、座ります、はい、がんばりましょう。

・・・これが、すごい安定感がある。本当に、指一本の支えで、まるで座禅でも組んでいるのかというくらいの、どっしりした迫力がある。

そうか、この人、そもそも、全体的に迫力があるんだな。いつもの、グイグイ、ガキガキ、ドカドカ、グイーン、というのをやっているうちに30分が経ち、そろそろ今日は勘弁してやろうと思っているところに、看護師さんがやってきた。

「すごーい。座り方がとても安定している。すごいですねー!」
でしょでしょ!そーなんですよ。これがね、実は首の力が強くなっているの。でも、これ、僕しかわからんだろうなぁ。毎日触っていて、分かる事もあるんだ。気にしているとだけどね。しかし、彼女(妻)はかわいそうだね。僕につき合わないといけないの。
「はははー(笑)大変ですねー(笑)」

あー、そうそう、最後に吸引したいので、見ていてください。この前ね、もう上手になったと思って、訊いてみたら、返事してくれなかったんだ(笑)、あんた、まだまだ、修行が足りないって感じでした。

「ははー、それは清美さん、点数つけるのきびしいのね。」
なんて、会話をしながら、吸引をさせてもらった。

「ご主人さん、バッチリ!大丈夫ですよ!上手です。」
・・・よし!。妻より先に、看護師さんからお墨付きをもらえた!妻がいちばんきびしい人みたいだ。

まだまだ、人生はつづく。

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未分類 | 22:27:55 | トラックバック(0) | コメント(0)
記憶の狭間
妻は高校2年の夏前に中退して、東京にやってきた。その頃のことは、何もしらないけど、すごい事だなと思う。17才になる直前に東京にやってきて、スナックで働き始めるのだ。ほぼ17才から、25才まで働いたこのお店は、妻の青春のすべてだっただろう。多感な時期とは、まさにこの時期のことを言うのだろうと思う。

そんな時期にお世話になった、スナックのママが今年7月に倒れた。左脳の脳溢血だ。ジルと一緒で、言語野があるほうだ。ショックをうけすぎるといけないと思い、今日までだまっていた。面会を控えてほしいと言われていたので、お見舞いに行けたのが昨日だった。やっぱり、自分の目で見て、事実を伝えなくては、ただ憶測の心配だけを伝える事になってしまう。だから、今日まで黙っていた。

「清美、ママが脳溢血で倒れてね、昨日、お見舞いに行ってきたよ。最近、メールしても、連絡がないと思っていて、何度か電話も入れたけど、返信がないから変だと思っていたんだ。そうしたら、この前、ママのお兄さんが着信に気がついて、電話をくれたんだ。びっくりしたよ。。。でもね、清美、右側は今は動かないけど、左手も左足もしっかり動いてね、ご飯も左手でお箸を使って食べれるんだよ。で、言葉も、まぁまぁ、しゃべれるよ。思ったよりよくて、安心したよ。」・・・と報告した。

妻は、大きくうなずいた。知らせてくれてありがとう、、、という意味だと受け取った。病気をすると、情報が途絶えるものである。余計な心配をさせたくないということで、情報が遮断されるケースが多いだろう。でも、いつも僕は思う。自分だったらどう思うだろう?

きっと、悪い事も知りたいと思う。僕はそう思う。

だから、妻の兄が他界したときも、他の、悪い情報も、あっけらかんと伝えてきた。
「あー、そうそう、実はね・・・」と、日常の一コマとして、良い事も、悪い事も、普通に伝えてきた。それがリアリティだろうし、「今』を共有するという意味だろうと思っている。

昨日、ママのお見舞いに行ったときに、旦那さんに会った。
この人は、妻のお気に入りで、憧れの人だ。とても、独特な雰囲気をもっていて、知的で孤高なイメージだ。
妻が17才の頃から、金魚のふんみたいに、この人にくっついて、映画やら演劇やらを見ていたのだろう。
いつも、「みのるさんがね・・・」と話しをしていた。そのみのるさんに、昨日、訊いてみたことがある。

国学院大学に柴田先生という方がいまして、・・・・云々・・・・(この説明は、みなさん知っているでしょうから、カット)・・・

「・・・・と、言う訳で、清美の言葉を柴田先生が伝えてくれた中に、レンギョウの詩がありまして、、、、えーっと、名前を忘れましたが、群馬の詩人で、学校の先生で、障がい者の人なんですが・・・・」
「あぁ、それは星野富弘ですか?」・・・と、すっと答えが返ってきました。

みのるさんによると、清美に星野さんの詩を教えてあげたことがあったかどうか?は覚えていないけど、自分は好きで、彼のことは良い詩人だと感じていた。もしかしたら、清美に伝えたのか、話しをしたことがあったのかもしれない、、、と言う事でした。

やっぱりな。きっと、みのるさんからだと思っていた。案の定だ。

「清美、昨日ね、みのるさんとも会ってね、星野富弘のことを、きっと彼から知ったんだろうね。」
なんとなく、曖昧なまばたきで返事を返してくれた。ファジーだけど、このなんとなくなところがまたいい。
言葉を伝えることが出来るようになったときに、またこの答えも、楽しみの一つだ。

柴田さんのあの技を、本当に出来るようになりたい。でも、どうすればいいのだろう?山にこもって、修行するしかないのだろうけど、柴田先生だって30年を経て、今があるわけだから・・・でも、そんなに待ちたくない(笑)

妻の記憶、僕の記憶、みのるさんの記憶、ママの記憶・・・それぞれの、記憶の狭間で揺れている、いろいろな思いや、言葉たち。全部を残す必要はない。でも、少しは知りたい事もある。

未分類 | 22:56:49 | トラックバック(0) | コメント(0)
記憶の中のお散歩空間


記憶

今朝、多摩御陵に散歩にいった。こんなお天気の中、大正天皇、昭和天皇、そして両皇后さまの陵に手をあわせた。4陵ともにこのように鳥居をもっている。日本は本当にファジーな文化をもつおおしろい民族だ。もちろん結界であるわけだけど、その起源ははっきりしていない。しかしこのように形式として大変長く伝わっている。

僕のイメージとしては、当然神社だ。ということは神様ということになる。日本人は神様を作り出す名人である。天皇はもちろん、大きな木、山、動物から天狗まで、すべて神様として祀る。この不思議な習慣は、人を敬う習慣や、他人の目がなくとも、自分をしっかりと正すための精神的ツールとして上手に運用してきたと思う。

しかし、戦後の西洋文化への傾倒と合理主義、経済優先主義の波に押しやられて、いつしか神様の数は減ってしまったのかもしれない。・・・・なんだか、そんなことを話しながら、今日の午後は、妻の病院前の公演で過ごした。

風は強かったけど、思ったより冷たくはなかった。足下から腰くらいを日差しにあてて、頭は木の影に隠れるようにして、40分ほど外にで朗読をしたり、写真をみたり、神様の話をしたりして遊んだ。今日はしっかり目があいていた。僕のほうがなんだか、疲れていてベンチでウトウトしてしまった。

「ほら、もう車に乗れるんだから、多摩御陵にも散歩にいけるね。今日はこんなに奇麗だったんだよ。」・・・と何枚も写真を見せたら、とても写真に反応して、僕の目を見上げるように覗き込み、口をモグモグした。きっと二人で散歩に行ったことを覚えているよとアピールしたのだろうと思う。

「そうかそうか、ここ覚えているのね。良い所だよね。こんどは、ここに散歩にいこうね。でも、その前にまずは、柴田 保之先生&たけちゃん講演会に行かなきゃね。柴田先生にあうまでに、また詩を作っておいてね。」

ベッドだけの人生から、車椅子に乗れたときにも、すごい世界の変化だったと思う。それから、こんどは自動車に乗るのだ。すごいことだ。僕らの世界はどんどん広がる。どこまでも広がっていく。

今日も、吸引の練習をしながら、妻に「どう?少し上手になってきたでしょ?」と聞いたら、軽く無視された。きっと<まだまだよ、精進しなさい>・・・という意味なのだろう。付き添ってくれている看護師さんに、大丈夫大丈夫と声をかけてもらい、見えない力に背中を押されながら、一歩ずつ僕も一緒にあるいていくのだ。

あとは、当日の体調だけだな。体温だけは、当日、その時にならないとわからない。無理はしなくても、いつだって次のチャンスはある。その時の風の流れに身を任せて、吹かれるがままに歩けばいいさ。だから楽しみながら、でも気楽にかまえて待っていてね。



未分類 | 20:18:35 | トラックバック(0) | コメント(1)
文句なしの乗り心地、ちょどいー!

♪こんな夜に、お前にのれちゃうなんてー♪
というわけで、ちょっとオリジナルとはちがうけど、ビンビンだぜって感じの試し乗り!
作業療法士さんと理学療法士さんとのスケジュールを合わせてもらって、車に乗る練習をした。
二人に車椅子から持ち上げてもらい、僕が車の中でうけとり引き上げる。二人とも、大丈夫かなぁ?ととても心配していた。なんといっても、普通車にのせること自体がある意味無謀ではないのか?と内心思っていたと思う。しかし、すべての条件が偶然も含めてピッタリ当てはまった。

まず、僕のフリードの高さがちょうどいい。もともと、ショーン・レノンが「ちょどいー」というフレーズで宣伝していたのだが、まさか、このことだったとはね。普通乗用車だと、きっと高さが低すぎる。低いと、持ち上げる二人の腰への負担はもっと大きい。腰を立てて持ち上げることが出来る・・・ちょどいー!

いつも使っている車椅子の背が、座席シートに滑り台のように着けられる。持ち上げる途中で背もたれをうまく使えて、これは本当に、ちょどいー!そしてそして、車から椅子に降ろすときは、本当に滑り台のように使える。これまた、ちょどいー!

後部座席の横にするより、座ったほうがいいみたいと座ってもらった。これまた、頭のポジションも、足元のスペースも、ちょどいー!

すごい。リハビリ担当のお二人も、最初は無謀と感じていたと思うけど、のせてみると、「なんかいい感じですね。これなら大丈夫そう!どう?西嶋さん、車乗れちゃったね!すごいすごい!!」って感じになった。思ったよりスムーズで、本当によかった!ちょっとだけ車を動かして、乗り心地を確かめる。息子に運転してもらい、僕は妻の首をサポートしたけど、これなら、普通のスピードで運転しても大丈夫そうだ。

やったね。車乗っちゃったよ!すごいね、すごいね!本当に色々なことが、ちょどいー!だねだね!!
いやぁ、嬉しい。本当にうれしいな。うれしがっていると、お二人も笑顔になる。これは、みんなが嬉しいんだね。妻が喜ぶと、僕がうれしい、僕らがうれしいと、看護師さんも、リハビリ担当者さんも、みんなうれしー。

すべてが、うまく、ぴったりとハマる。時期がやってくるとぴったりとあるべき場所に、あるべきものがおさまっていく。それが、今のタイミングなのだろう。ちょどいー。

いやぁ、今日はうれしい。ひと月後がとても楽しみ!



未分類 | 21:36:39 | トラックバック(0) | コメント(1)
あきらめ上手 と ど根性。

面白いキャラになってきた。中学時代の妻は筑豊方面では、筑豊キャンディーズと言われていたそうな。それも、スーちゃん役だったらしい。一度、20才くらの時の写真を見た事があったけど、たしかにプクッとしていて健康的なスーちゃんタイプと言えば、言えなくもないと脳みその彼方の映像を探ってみる。記憶は便利だ。正確ではない。スーちゃんぴったりなイメージだと思う。もしくは、脳がPhotoshopを駆使して修正を加えてくれたのかもしれない。ぼけはじめてるわりには近代的な脳だ。

今日は、この写真のCreative Suite 6のシリアルナンバーが来て、インストールできたので、わざわざPhotoshopの話を無理矢理使ってみた。そのくらい、嬉しいのだ(笑)それも憧れの、学生になったことで、学生・教職員個人版を購入できたのである。普通15万くらいするのが、色々な割引のを捜して、5万ちょいで購入できた!また新たなおもちゃが手に入った。

物欲はないほうなんだけど、こういうのは結局うれしい。吸引機、介護用の飛び出す椅子なんかも好きだ。それにイラストレーターにPhotoshopだ。あとは、僕の脳みそが、webのコーディングについていけるかどうかである。

・・・と、嬉しくて話がそれた。そんなわけで、今日はわざわざ学校から家に帰って、これをピックアップしてから妻のもとへ行った。そう、インストールに時間がかかるけど、食事中にちょうどいいのだ。

なんで、スーちゃんの話からはいったかというと、僕としてはよっちゃんじゃないかと思うからだ。そう、サリーちゃんに出てくる、よしこちゃんだ。決してすみれちゃんじゃないし、サリーちゃんでもない。やっぱりよっちゃんだ。気が優しくて力持ちだ。

昨日はヘップバーンの映画を2時間見ていたけど、そこでダウン。だから揺り起こして、そこから端座位30分特訓をやって終了した。彼女も、僕とつき合うのは大変だなぁと思う。だって拒否できないんだものね。ちょっとかわいそうな気もするけど、後戻りするには28年遅い。あの時の決断がここに繋がっているわけだ。

今日は映画のつづきからスタートしようとしたら、なんとポータブルDVDプレーヤーは、昨日のDVDを入れっぱなしにしていたのに、止まった場所を記憶していなかった。だいたい2時間くらいのところだっただろうけど、どのチャプターからスタートしていいのかわからない。これは、飛ばしたら意味ないし、同じ場所も長くつづくといやけが来るだろう。だから、妻に、また調子いいときぶっとうしで見たほうがいいよ。辞めるよ。・・・と伝えると<そうね>とでもいうように、瞬きをした。あきらめがいい。キッパリしてんな。

今日は、剣心の17枚目以降のDVDセットと、スタレビと、玉置浩二さんのDVDをもっていった。剣心はお気に入りだ。スタレビは何度もいっしょにライブを見た。玉置さんは、売れる前、妻が若い頃働いていたスナックの常連さんだった。さて、どれにする?・・・と、また今日も剣心に声がかかった。

でも、今日は剣心を見てもすぐに目を閉じてうつらうつらしている。オデコを軽くペンペンペン。おいおい、今日はDVDはこれで終りね。また、見ればいいからさ、端座位しようよ。<わかったぁー>というように、軽く首を縦に動かした。はたして、これは根性か?それとも、あきらめか?(笑)

すごいなぁ、やっぱり次のステップへ行く為の訓練だということを、自覚しているのだろう。端座位は僕らの生命線だ。なるべく毎日やりたいのだ。そういうわけで、面会時間ギリギリまで端座位をやって、最後は僕の吸引の練習で締めくくった。

あっという間に、寝息をたてている。そうとう疲れたんだな。いつものように、グイグイ、グリグリ、ゴリゴリ、グラーングラーンである。それで30分だから疲れると思う。でも、根性あるなこいつ。やっぱり、よっちゃんタイプだと思うよ。あんなガラガラ声じゃないけど、どんな声でも声だせる日がくるといいなぁ。

僕とつきあうのは大変だね。でも28年前に決めたことなんだから、これはもう仕方ないぜ。あきらめな。今となっては、別れることすらできないもんな。かわいそうにな。

そんなこと考えていたら、このCreative Suiteのモデルがよっちゃんに見えて来た。
妻はぐったり目をあけない、、面会時間が終了、寝顔におつかれさまを行って病院を出た。
「あきらめ上手の力持ち、よっちゃんより根性あるぜ。」

さぁ、いよいよ明日は、車の乗車練習日だ!

未分類 | 23:30:40 | トラックバック(0) | コメント(0)
ブラボー!プリティ ヘボン
今日も吸引の練習にやってきた。授業終わりでヘトヘトだけど、吸引もやりたくてつい足は病院へと向かう。ちょうど夕飯の時間直前だったから、吸引のタイミングだった。うれしー。

看護師さんが経管栄養を装着するときに「あの、僕が吸引やりたいんで、お願いします。」と練習をはじめたことを伝え、見ていてもらった。妻も心を開いているだけ、楽に吸引が出来ているようだ。へんな構えた力が入っていない。しかし、まだ僕のほうが下手くそだ。段取りが悪い。これは、繰り返し繰り返し、やっていくしかない。

さて、今日は食事スタートだから、DVDは何かみるでしょ?<うー>といいながら、首をすごく縦に動かす。今日はね、Infinity Arts MUGENの二人が授業に応援にかけつけてくれたんだよ。パーカションや、ディジュリドゥを授業で演奏してもらったんだ。ディジュリドゥを使って般若心経をあげてもらったり、神道の祝詞、天津祝詞を教室の地に奉納する真剣さでやってもらい、最後に全員でパホーマンスに参加してもらうという授業をやったんだ。それで、音とマイクの関係性や、そもそもマイクは何故必要とされるのか?なんてことをね、、、<なにそれ?意味わかんない>がはは、だよね、だよね。そりゃそーだよね。そんな話しつまんないよね<うー>・・・などという、やりとりをしながら、さて今日は何にしようと、以前購入して封もきっていないMY FAIR LADYを見る事にした。

オードリーヘップバーンが可愛すぎるよね!
そうそう、ヘップバーンなんてうその発音なんだよ。正式な発音はヘボンだ。ヘボン文字のヘボンだよ。昔の人は、耳で音写したから、ヘボン文字なんていう言葉ができたんだろう。でも、現代は文字に日本語よみをつけちゃうから、さらに複雑な言語になっているのだろうな。ヘップバーン、、、いったい、そりゃなんだと思うだろうな。・・・あぁ、そんな話しも、およびでない。こりゃまた失礼いたしました・・とDVDをスタートした。

ところがこれ、日本語の吹き替えがなかった。ぜんぶ字幕スーパーである。

がーん、字幕だわ。そりゃそうだよなぁ。ミュージカルだものな、吹き替えできないなこれ。でもこれじゃ、すぐにグーグースースーになるな。でもいいや、、、と食事しながら見始めた。ところがどっこい、目は見開いたまま、しっかりと見ている。びっくりだ。字幕もしっかりと分かっているという事だろう。すごいな。こりゃ、また新しい発見だ。今、90分経過したあたりだ。でもこれ173分もあるや。さすがにどうだろう? ぜんぶ見たら、もう面会時間終了になるな。それじゃぁ端座位ができない。難しいところだ、、、妻の目つきをみながら判断はあとまわしにしよう。結末はまた明日。

未分類 | 18:35:52 | トラックバック(0) | コメント(0)
シアワセの基点 〜一長一短ものがたり〜


今日は盛りだくさんの一日だった。まずはスターバックスのホットコーヒーからスタート。お砂糖もミルクもいらないというサイン。ほー、さすがスタバ。信頼されている。ゆっくりと香りを楽しんでから、ひと口。それから昨日忘れて来た真央ちゃん優勝のDVD。これをじっくりと鑑賞。それと、ついについに吸引機到着、今日から練習開始!妻ももりあがっている、、、あぁ、それは真央ちゃんの優勝のおかげかもしれない。

妻にDVDを見せながら2時間、ゆっくりとマッサージしたり、説明書を読んだり。微熱があったけど、真央ちゃん優勝シーンのころには36.7℃になっていた。担当看護師さんに声をかけて、いよいよ練習スタート。DVDを見終わってちょうど妻もゴロゴロしているから、タイミングがいい。

担当看護師さんは、妻が装着しているスピーチカニューレの実物を用意してくれて、その仕組みを説明し、だから約15cmの挿入で吸引していることやら、吸引パワーが単位が何かわすれちゃったけど、20の数字のところを目安にすること、それ以上だと吸引力が強すぎて、粘膜を傷つける可能性があること、など、とてもわかりやすく、丁寧に教えてくれた。

吸引する順番も、必ず気管切開したほうが先、それから口。口の中の雑菌を、肺にいれないようにという、絶対に守らなくてはいけない順番だ。なるほど、なるほど。まだ初心者で下手くそだけど、ついに妻の吸引をすることができた。本当に、心から嬉しい。

ルールとしては、必ず看護師さん立ち会いのもとにやること、という約束があるけど、それでも自分の手でやれることは、とても嬉しいものだと実感した。

そのあと、車椅子にのせて少し外に出た。背中をたてて、マッサージしながら、ふと思った。なんか、僕らの人生はここから始まるんだな。なんだか、そんなふうに思った。

ちょうど一年前、そろそろ僕は調子が悪くなっていて倒れる直前だ。それから肺炎、肝炎、ぎっっくり腰のだめ押しまであって、そんなことがきっかけにもなり、妻とよりそう時期が来たと感じて、そのまま退社した。不安もあったけど、それから、白雪姫プロジェクトと出会い、特訓をかさねて、今日がある。

そういえば、今年4月に宮ぷーのところに行った時に、かっこちゃんと会ったとき、僕はかっこちゃんの乗っている助手席がぐわーっと出てくる介護用の車のシートの仕組みには興味がなかった。だって、車に乗る日が来るなどと、まったく思っていなかったからだ。

夏に、宮ぷーが奥飛騨にドライブに行ったのを、かっこちゃんのメールとFacebookで知る。うそだろ?そんなことやっちゃうの?・・・と、唖然とした。そうしたら、次は退院してひとり暮らしを目指すという。・・・何やってんだあんたら。おかしんじゃないの?(笑)・・・愉快でたまらない。

僕は自分では、色々なシーンでエイヤと思い切った行動をとるほうだと思ったけど、かっこちゃんと宮ぷーはどうもレベルがちがうのだ。妻が外出なんてことはありえないと思っていたのに、いつのまにか、それを自分でやろうとしている。不思議だ。

このように基準、基点は変化していく。
僕は今、ミュージックビジネスの授業で「いい音楽、いい音、いい録音とは何か?」などという、とてつもなく無謀な問題を取り上げている。当然、決まった一つの回答などはない。それは目的によってちがうからだ。向かうベクトルに対してそれでいいか?の問題だ。

人生も同じである。かっこちゃんの発想と、宮ぷーと出会う事ができて、僕の中の基点が変わったのだろう。そしていつのまにか、目標が出来て、気がつくとそこに歩き出していた。しあわせとはそんなものなのだろう。

柴田先生が8月にいらっしゃった時に、妻は「自分の人生の中でいつの時期が幸せだったか?ときかれたら、私は迷わず今だと答えるでしょう。」・・・と伝えていた。彼女の基点も、劇的に変わったのだろう。ぼくらは次のステージに行こうとしているようだ。

今が僕らのしあわせの基点だ。

本当はいつだって、今が基点なのだ。

しかししかし問題がある。洋服はほとんどを、人にあげてしまった。もしも外出なんてする日が遠い将来やって来たとすれば、それはそれですばらしいことだから、全部買い直してあげればいいと思っていた。でも、こんなにはやくその必要が出てくるとは思わなかった。

でもね、あのね、吸引機も買っちゃったし、またあのシートがグイーンと出てくる車も必要になるかもしれないし。。。まだたしか、少しは洋服のこってると思うから、今回はそれでね。
古い洋服も、また懐かしくていいもんさ。これからは、どんなことでも楽しんでしまおう。

前向きなのやら、なんなのやら。人生一長一短である。

未分類 | 20:20:36 | トラックバック(0) | コメント(1)
イントロと予感
今日は少し早めに端座位を開始したので、今30分特訓が終了した。
妻は、もうヘトヘトという感じで目をとじている。

今日は、昨日の真央ちゃんの優勝シーンをDVDに録画したのに、そのDVDを朝忘れて出て来てしまった。
まったくガッカリだ。妻には言い訳をして、今日はワンスアポンアタイムと、優秀なクリエーターが
制作した、タッドポールというクレイアニメシリーズを見ながらの食事だった。

今日は処置の時間が早く終わって、食事前に車椅子に30分だけ乗れそうだったので、妻に車椅子にのるかい?と尋ねると<いらない>と首を横にふった。めずらしいな。何ぐったりしてるんだろうと思ったら、やっぱり熱だった。たいした熱ではない。37.3℃だから、まぁ、よくある話しだ。

それで、DVDを忘れたことを詫びてから、そんな映像をみていた。きっと体温はこれから、スッと落ち着くだろうから、そうしたら端座位はあとでがんばろうね。。。<パチリ/うん>とやる気はある。

これはなんというか、ひと月後にむけてのイントロに入ったという感じがする。いいイントロだ。なにかを感じさせる・・・何か予感を感じさせるのだ。それは端座位をしていても、伝わってくる。妻もついに来月の日帰りにむけて、助走にはいろうとしているのだ。イントロはその心の準備のようなイメージだ。

そう、本番前の精神統一という感じだ。準備運動もきっと毎日、握力の練習や、口をうごかす練習を、ひとり隠れて努力を外にみせない奥ゆかしさでスタートさせている。それが僕にはよくわかる。今週の土曜日は、車にのる練習をする。明日には吸引機が家に届く。

・・・そう、結局、面倒臭くて買ったちゃった。これが僕のダメなところだ。ちゃんと、手続きを丁寧にねばってやれば援助がでるかもしれないのに、妻のこの助走にあわせてと思っちゃうのだ。でも、これでついに吸引の練習も今週末からスタートできる!なんだか、もりあがってきたぞ。

明日は、真央ちゃんのDVDを忘れずにもってこよう。もっともりあがる。
一回くらい転んだって、そのあとがんばりゃいいのだ!



未分類 | 19:39:20 | トラックバック(0) | コメント(1)
音量は控えめに。
今日は夕食前からまずフィギュアスケートを見ることにした。フィギュアスケートが好きで、その上なんと言っても、大好きな真央ちゃんの優勝だからこれは盛り上がるだろう。でも、男子から始まって2時間半もある。だから、今日はまずDVDからのスタートにした。

食事中は胃に血液がいくので、ウツラウツラしがちなのだご、今日は目がパッチリとしたままだ。スケート、久しぶりだからな。

見始めてから、なんかやたらと「うー」をする。「うー」をしながら、凄い勢いで僕を見る。

あれれ?なんだこりゃ。もしかしたら、ボリュームかもな。少し大きめにレベル調節したのが、大きすぎたかもなと、イアホンを自分でもしてみる。きっとそうだな、僕は少し難聴なのかもしれない。

ボリュームを下げて、これでいい?と聞いてみる。<そう、これ。コレよ!ちゃんと覚えておいてね。>と、もう画面を集中している。

はい。かしこまりました。と、一礼して、隣に下がり、学校の宿題にとりかかる。

それにしても、ちゃんとアピールすること、それを受け取れることが嬉しい。

19:15
DVDを見終わってグッタリ。
でもね、まだやる事あるよね?
はい、端座位20分にまけておくよ。
と、またもや、首をゴリゴリまわされたり、肩甲骨をグリグリされたり、アゴの下も、グイグイされたり、為す術もなく素直に20分終了。

まだ、やるの?という目でにらまれた。いーや、続きは明日にしよう。

そうそう今度の土曜日は、夕方病院のスタッフさんと、車にのる練習をするよ。

楽しみだな。僕の車にのるのも、3年9ヶ月ぶりだな。もう直ぐ車検だな。介護用の車にしちゃおうかな。かっこちゃんのあれ、欲しいなぁ。

未分類 | 20:35:42 | トラックバック(0) | コメント(2)
軒下キャンプ気分

昨日、薬師寺東京別院へ行った。Infinity Arts MUGEN (IAM) が満月のこの日に奉納演奏をする、そのリハーサルに寄ってみた。そうしたら、IAMメンバーがせっかく来たのだから祈願をしていったほうがよいと、妻の病気平癒のお札を買ってくれた。住職さんに直接祈願、お祓いしてもらい、お札をいただいてきた。薬師如来さんは浄瑠璃浄土にお住まいのようだが、それにしても、お寺と神社の感覚がごちゃまぜになった(笑)しかし、この満月の日の祈願は特別な意味があり、パワーも強いそうだ。妻のベッドの真上に置くかとにした。妻を車椅子に乗せ、ほら、ここにあるからね!と、見せたら、大きく頷き、ありがとうと合図をした。

それから、この台風で気温13度、風もあるから体感温度は10度くらい、、、を感じてもらおうと、外にでた。ぼくはこの軒下から、雨を見るのが好きだ。

一つ気に入らないのは、雨どいのジャブジャブした音が大きすぎて、どうもムードに欠けることだ。

風で雨のミストをあびながら、寒いかあ?と問いかけると、大丈夫と首を横に振った。ほっぺが少し冷たくなるまでここで過ごしてからデイルームに移り、美空ひばり特集をみた。

いつもすぐ目を閉じちゃう妻も、ひばりさんの声には、パッチリと目が開いたままだ。魅力とはこういうものだな。この人は特別に素晴らしい歌手だ。その上、死んでからも人々を癒やし続けている。

文部省唱歌や幼稚園の歌より、美空ひばり特集をみながら、みんなで話し合う時間などをイベント化すれば、けっこういい企画になるだろうな。

ビデオをアーカイブにして、曲単位で管理して、リクエストをうけて、その曲をみなで見るのはどうだろう?勝ち抜きでジャンケンして、勝者のリクエストを見るのも盛り上がるように思う。悪くないアイデアじゃないかな。

そうだな、タイトルは、「美空にピーチク、ひばりはパーチク、老いも若きもジャンケンポン リクエスト大作戦!!」
・・・・長すぎるな。

未分類 | 15:24:59 | トラックバック(0) | コメント(0)
テレビの時間は自習時間
今日はあまり調子良さそうな顔をしていない。熱があるわけでもなく、低体温でもない。なんだろうな、毎日、本当に色々なことがあるのだろう。どんな事情があるのやら、皆目わからないが、とにかく大変だと思う。でも、それはそれとして、妻にあと30分あるから端座位やる?と訊くとやると合図のまばたきがあった。きっと、食後にたたき起こされて端座位をとるよりましだと判断したのかもしれない(笑)そんなわけで夕食の前に端座位をとった。

僕に首をグリグリされて、背中やら、肩やらをゴリゴリ、グリグリやられるから、たぶん疲れるのだろう。しかし、日に日に首の力は強くなる感じがする。やはり端座位は生命線だろう。かっこちゃんの講演会をみたのが3月21日だったと思う。それで4月中旬に金沢に会いに行って、やり方を教えてもらった。これが「今」に繋がっているのだ。

だから、たったの半年で、この指の動きに繋がってきているのだろう。すごいな。たったこれだけのことを、知っているかどうかで、それは大きな分岐である。

端座位を終え、食事をしながらまた剣心をみているが、今日はグー、スーと寝息モードだ。それで、イアホンをはずして、「今日はいらないね?」と訊いてみると、首を横にふりはっきりと意思表示をする。<いいの、このまま見ているから大丈夫。>おいおい、だって目はつぶっているぜ。あぁ、そうか、いつも家でうつらうつらしながら、テレビをつけっぱなしにしていたものね。あの感じを味わっているのだな。・・・と、おっと、今気がついたけど、剣心は終わっていた。もうDISC16は6話も入っているのに終了だ。昨日いっぱい見たからなぁ。じゃぁ、今日はジュレックを見てみよう。ドリームワークスだぜ。

おぉ、目があいた。ちょっとは興味があるようだ。僕はこの隙に電話をかけまくる。吸引機のレンタルのことを手配していたら、どうも車の中でも使えるやつは、レンタルしていないとかいう。まいったなあ。やっぱり購入しかないのかな。でも、市役所へいって相談したりしていたら、それはそれで間に合わない。しかし、援助がでればそれはそれでありがたいからなぁ。来週月曜日にはやっぱり市役所に相談にいこう。

ジュレックは90分だ。まだ考える時間があるから来週の授業の内容を考えよう。来週の授業には、友人の音楽家をゲストに招く事にした。学生たちにめずらしい楽器の生の音を体験してもらうためだ。最近の人たちは、YouTubeで何でもただで見れる。うらやましい。しかし、なかなか生の音をレコーディングする機会は少なくなっている。実はこれは深刻なことだと思うのだ。だから、マイクを通していない生の音を教室で聴いてもらうことにした。ディジュリドゥというアボリジニの楽器やら、パーカッションやら、僕の知らない名前の楽器やらを、もってきてもらう。音と空間の関係を体験してもらうつもりだ。僕自身も楽しみである。

明日は、薬師寺で奉納演奏をやるという。打ち合わせがてら、リハーサルだけのぞきにいこう。来週の授業の内容がそこでよりはっきりするだろう。・・・といつのまにか、妻とは関係のない話しになっていた。妻はジュレックをしっかりと見ている。この時間はお互いの自習時間である。ジュレック・・・どうも気に入ったようだ。めでたしめでたし。

未分類 | 18:16:30 | トラックバック(0) | コメント(6)
若葉マークでリハーサル
今日はレッツチャットの松尾さんが病院に来てくれた。もしかしたら、僕が病院につく前にくるかもしれないからと、妻には昨日話しをしていた。松尾さんのこと覚えてるよね?と昨日尋ねると<うー/何言ってんの?わかってるに決まってるでしょ。>という返事だった。

病院に到着したら、松尾さんはまだ他の階の患者さんのところにいるようで、妻のとこにはまだ来ていなかった。妻に松尾さんもうすぐくるよと言うと、黙って左手を10cmくらい移動させた。

じぇじぇじぇ〜!(古いほどインパクトがあるのがこの時期の使い方である)なんじゃこりゃぁ〜(これは古典的な表現)・・・と、妻は松尾さんが来る意味を知っているから、いいところを見せようとやる気満々らしい。それにしても、こんなの初めて見る。そもそも、目つきが違う。気力、体調がともに充実していることがすぐわかる、そんな目をしている。

その左手を持ち上げてみると、僕の手をしっかりとした握力をもって握りしめた!すげぇ。。。。本当にすごい。これは、確実にスイッチが使える。はっきりとした握力を感じる事ができた。今までは微かに握力といえるかどうか?というレベルだったが、今回のそれは、はっきりとした握力であった。

最近、妻の前で、外出の打ち合わせをしたり、どうやって車にのせようか?とか、吸引機はもっと早く借りてくださいと病院からも言われちゃったり(笑)そんなやりとりも、きっと希望への道へとつづいているのだろう。モチベーションもあがるだろう。そこにたまたま、松尾さんが来てくれるので、さらにやる気100倍のポイント還元セールとなったようだ。

ところが、、、ところがである。松尾さんが尋ねてきてくれたときには、やっぱりもう出来ないのだ。悔しいだろうな。もっと良い所を見せたかっただろうな。でも、それが今の実力だ。世の中そんなに簡単にヒーローにはなれないのさ。宮ぷーだって、すごい努力があってのことだ。

とはいうものの、スイッチを何度か押す事ができた。押せるけど離せない。ブザーはなりっぱなしだ。ただ、松尾さんが前回来てくれたのは4月のことだ。たった半年しか経っていないのに、歴然とした変化だ。だってボタンを押して音を出したのだから。前回は、まったくきっかけもない状態だった。しかし、今日はボタンを押したのだ!そう、次はボタンを離すわざを開発すればいい。

松尾さんがもうあってきたもう一人の患者さんは、なんと今日30年ぶりにレッツチャットを使って自分の名前を書いたそうだ。30年ぶりかぁ。清美、お前まだ病人歴3年半だもんな。初心者、若葉マークだもんな。

もうたどり着けることは決まっていることだ。あせらずに、マイペースでやっていけば、いつのまにか山には登れるだろう。よっしゃ、とにかくめでたい!すごい派手な演出は、僕だけのときにはもったいなかったね。観客がもっといる時に披露すればよかったけど、これはリハーサルだから、僕だけの前でいいね。じゃんじゃんリハーサルを重ねて、次の本番へ向かおう!

そして今日も、剣心に声がかかった。剣心はもてる。すごい勢いでDVDを見ている。今日はDISC-16 の第90幕「風水の奇襲!張り巡らされた五芒星の謎」からスタートだ。たぶん、平気で4話分くら見続けるだろうから、そのあとまた端座位特訓をしよう。

未分類 | 17:56:43 | トラックバック(0) | コメント(0)
台風一過のポヨヨンとしたひと時


今日は台風で学校はお休み。
久しぶりにグータラと午前を過ごしてから、病院へ。妻は僕の顔を見るなり、うーをした。
これは挨拶でもあり、命令でもある。車椅子に乗って散歩に行きたいという意味である。

うー

たったこれだけで、これほどの内容を伝えるのは、東北弁でも出来ないだろう。
必殺技だな。

僕はあまりプロレスをしらないけど、コブラツイストとかラリアートとかヘッドロックとか16文キックくらいならしっている。しかし、誰だって「うー」の一発でこれだけの効果をあげることはできない。そういう意味では、だれより必殺技かもしれない、、、などと考えているときに、僕のあしもとから、あいつが現れた。僕の座るベンチの足の間からスルリと姿を現して、あの日向と影の境目を選び寝転んだ。

やわらかな日差しだか、日向は暑い。風は強いけど気持ちいい。なんか久しぶりにキャンプにでも来た気分だねと話したら、その目は遠くを見つめた。頭の中のはるか彼方の景色を眺めているようだ。ここには、焚き火も、ワインも、ホルモン焼きもないけれど、なんだかポヨヨンとして気持ちがいい。

いつもお外にいくとすぐ目を閉じて寝ちゃうのに、強い風が刺激的なのか、今日の妻は目をしっかりあけたまま何かを考えているようだ。こうやってみると、猫もなんだか凄いことを考えているようにも見える。

もしくは、妻も実は何にも考えていない可能性もあるけどね。

未分類 | 15:37:34 | トラックバック(0) | コメント(0)
やりたい事しか出来ないタイプ


彼とおばあちゃんの共通点は、自分のやりたいことにしか興味がないということだろう。それはとても健全なことだと思う。僕も最近見習っているが、大変心地が良いものだと感じます。ちなみに、これは熊本名産、荒尾の梨。一升餅はまだ持ち上げられなかったけど、これは見事です。頭と同じ大きさの梨(笑)

外は台風が着実に近づいてきている。どんな状態になるやらわからないから、今日は学校から一度帰宅して車で病院に来た。今日は目は開いているが、なんかちょっとお疲れのようだ。年をとると、どうもこの低気圧というやつが、どんより身体に影響する。逆にゆっくり眠るにはいいのかもしれない。

しかし、まだ夕食スタート30分前だ。端座位をとる時間はある。
「ねぇ、昨日はすっと眠っていたから、今日は少し端座位しようよ。ね、やるでしょ?」<・・・> 「そうだよね、じゃぁやろうね!」 <・・・・・・・・>

というわけで、端座位を20分やらせてもらった。こう言う時にはしゃべれないのも都合がいい。顔色を見ればわかる、ズル休みなんてさせないのだ。これはちょっとだけ、かっこちゃんの影響があるのかもしれない(笑)

いやな顔ひとつせず、ちゃんとリハビリに精を出しているように感じた。「ねぇねぇ、宮ぷーはね、こんなもんじゃないんだぜ。なんせあそこには、かっこちゃんという恐ーいスパルタ先生がいるんだ。僕がいったときもね、『宮ぷー、はい次はこれ。はいーよく出来た!じゃぁ次ね・・・・とじゃんじゃんメニューをこなすんだ。やるかどうか?なんて尋ねたりしないよ。問答無用なのさ。今度、近いうちにあえるかもしれないから楽しみにしていてね。」などと、ちょっと人のせいにしながら、軽くスパルタトレーニングをしてみた。

とはいえ、今日はたった20分だ。すぐに夕食の時間になった。今はぼくのとなりで「るろうに剣心」を見ている。最初、もっと長い映画もいいかなと思って、先日購入した「レオン」を見始めたんだけど、すぐ目を閉じてしまった。なんか気分じゃないのかな?じゃぁ、剣心かなと思ってDVDを変えてみたら、今度はしっかり見ている。

筆談ができれば、もっと色々なことがわかるのになぁ。今の環境では僕の「感」でしか、DVDが選べないのだ。選択範囲がもっと絞り込めれば、それだけで面白さもずいぶん変わるだろうに。しかし、しょうがない。出来ないことは出来ない。その環境に対応してもらうしかない。

レオン、面白かったけどなぁ。このリュックベンソンの映画、妻も好きだったはずだけどなぁ。何か趣味が変わったのかもしれない。ジャンレノごめんな。どんないい男も、妻の気分次第なんだ。昨日なんて、僕は目もあけてもらえなかったんだぜ。でもお互いにがんばろう。今日は剣心に声がかかったけど、明日は君かもしれない。

未分類 | 18:14:45 | トラックバック(0) | コメント(0)
ツンツン頭の昼下がり

今日は低体温で、目があかなかった。布団をかけて3時間ほどベッドサイドで本をよみながら、まってみたけど、一向に目があかない。しかたないな、こんな日もある。とてもさわやかでいい散歩日和だったのだけど残念。これも今の妻のリアルな状態だ。このリアルな体調と人生をともにしているのは妻本人だ。目があかないけど、手はゆっくりと動かしてくれる。妻の「今日の体調でできる、最高のおもてなし」というわけだ。

おもてなし・・・ひねくれものの僕としては、じゃぁ、裏があるのかな?と思うと、、裏も表もなしという、かけひきなしの状態であるようだ。

昨日はとても調子がよかった。
僕が学生をはじめているので、病院指定の理容師さんがくる月曜日の午前というのが、僕のスケジュールがあわなくて、もう2ヶ月ヘアカットができていなかった。昨日は思い切って素人ヘアカットを敢行した。妻は僕のことはものすごく信用していない。とくにヘアカットなどという緻密な繊細な作業は、絶対に僕に実行されたくないはずだ。いつも、子供たちが小さいころから髪の毛を切るのを「あぁ、やってやろうか?」と言っても、「いいえ、結構です。」といつも、キッパリと断わられていた。

大雑把で面倒くさがりやの僕は、自分の髪の毛だって切っている途中で、「ええい、面倒だ。もっといっちゃえ。」などといって、バッサリ自分の髪の毛を切って、へんてこりんになったことが何度かある。それを知っている妻は、ぜったいに子供の髪を僕には触らせなかった。ましてや自分がその餌食になるなどとは、そんな悪夢は見たくないに決まっている。

そこで、気のきく僕は息子たちを呼んだ。彼らはなぜか昔から、母親が倒れたあとの今も、自分たちでヘアカットをしている。だから、彼らに切ってもらう分には文句はないだろうと考えたのだ。僕は、首を確保するだけのやくめである。

お風呂場は貸してもらえるのだけど、昨日は外が気持ちよかったから、いつもの公園で公開ヘアカットをしようと外に連れ出した。僕は頭を支えているだけだけど、息子のカットの仕方をみてみると、僕と同じでとても大雑把だ。なんだ、こんなのなら僕だってできる。でも、黙っていよう。妻が悪い夢を見るといけないから。切っているうちに、なんだかパンキッシュになってきてカッコイイ。

僕は好きだな。なんてぇのか、ちょっと攻撃的な感じで、髪の毛がツンツン立っているのは、カッコイイ。シド・ヴィシャスほど過激じゃないけど、いい感じだ。・・・妻はもうあきらめているようだ。愛する息子に切られているのだ。ボウズになっても文句は言うまい。

外は爽やかだったけど、ちょっと暑かったから、デイルームに移った。デイルームで、長男の嫁に筆談をやってみてと薦めた。相変わらず僕はぜんぜんダメだ。腕の動きも、指の動きも大きくなってきているのに、相変わらずわからない。僕に才能がないということは薄々気がついている。でも、認めるにはまだ早い。もう少し、妻にもつきあってもらうつもりだ。

最近、あっちでもこっちでも、なんかすぐ出来ちゃっていて、うらやましい。ここで30分ほど、いろいろと話あいながら、妻をかこんで筆談がつづいていた。いい風景だなと思ってパチリとしてみた。

次男の腰はやっと改善にむかっているが、まだ仕事ができる段階ではないようだ。それを察してか?次男にだけやたらと話しかけていた。すごいものだな母親ってやつは。

みんなが帰ったあと、妻はなんか僕にいいたそうだった。僕は、次男のことを話したいのだろうとすぐにピンと来たので「大丈夫さ。男ってぇのは、どんなことだって乗り越えるものさ。ちょっと止まったり、休んだりすることはあるけど、僕らはただ彼の事を信じて、見ているだけでいいと思うぜ」と話したら、妻は僕の目を見ながら大きく1つうなずいた。

なんだよ、そんなこと出来るのかよ。
でも、すごいなお前・・・・貫禄ありすぎ。

未分類 | 18:48:01 | トラックバック(0) | コメント(0)
言葉のある世界へ
10月だというのに真夏日だ。こんな日の運動会はさぞたいへんだろうな。家の前の幼稚園も運動会である。がんばれがんばれ。などと思いながら、病院へつくと妻がベッドにいない。はて?土曜日にリハビリはないはずだ。そーだそーだ。今日は運動会の日だ。病院でもイベントがあるのだ。

と、デイルームに行ってみると、いつものようなつまらなそうな顔して、首を斜めにして車椅子に座っている妻を発見した。「ハイ!」<じろり>「どう?今日は外は暑いよ。ここは病院の中で運動会だからまだいいんだぜ。」<ばーか>などというやりとりがあり、運動会イベントがはじまった。この内容を詳しく書くつもりはない。

ぼくはいつも思う。なんで人は、言葉をしゃべれない人に対して、幼稚園児や、赤ちゃんへの対応のような言葉使いになってしまうのだろうか?いつも違和感を感じる。いやいや、わからないわけではない。僕もたしかに、仔猫ちゃんやら小型の犬にむかっては、「あー、かわいいでちゅねー」などとやりたくなる時もある。しかし、ほとんどが50才以上、いや、妻は若いほうである。ほとんどが60才以上の病人である。分かりやすく話すことと、言葉の意味をあまりしらない幼児へ話すのは、同じではないはずである。

入院患者を少しでも楽しませようというその志、努力、には脱帽というほかないし、感謝しかない。しかし、言葉のアプローチがどうもいつもしっくりと来ない。もしも自分であったらとつい考えてしまう。もし自分が患者で言葉がしゃべれなくて、頭ははっきりしているとすると、屈辱的だと感じるのではないだろうか?

確かに身体は動かないし、よだれは流れ出る。自分ではなにもできない。そう言う意味では、赤ちゃんのようなものなのかもしれないけど、それは病気だからだ。頭の中が病気なわけではないのだ。つい、そんなことを考えてしまい、どうも一緒に楽しむ気持ちにはなれなかった。途中からぬけるわけにもいかず、だまって終わるのをまつ。一緒に歌う歌は、妻のかわりに僕が歌った。玉入れ合戦も、妻の替わりに僕がなげたりするけど、心は踊らない。

もちろん身体が動く患者さんは、それなりに楽しんでいるようだった。みなさん大人だから、そのアプローチの意味も、しょうがないと理解して受け入れることが出来ているようにも感じた。しかし、身体も動かず、声ももたない妻などは、どんな気持ちでここに座っているのだろう?そんなこと、本人にしかわからないけど、ついそんな余計なことを考えてしまう。

みなさんの努力に感謝しながらも、どうも素直になれない気持ちのままイベントが終わった。妻と外に散歩にでた。「お前もそうなんだろう?あー、俺もそう思うよ。わかってるよ。」<じろり/本当にわかってんの?>「わかってるって」などといいながら、もうぐったりつかれちゃっている妻は、風にふかれながら30分くらいウトウトしていた。

今度はもっと過激なイベントに一緒にいこう。みんな身体が動かないのに、すごい話し合いをしたりするんだ。言葉は思想だ。思想は文化だ。人の作り出す思考文化は希望だ。声なき言葉たちが飛び交う会へ出て行こう!まずは僕らからはじめなくてはならない。言葉があるということを知ってもらわなくてはならない。

言葉も思いもないと思われている者たちの、本当のことを知ってもらえるように努力してゆこう。少しづつ、少しづつ、言葉のある世界へと出てゆこう。でも外はちと暑い。今日のところはベッドにもどり、テレビから流れてくる言葉とでも遊ぼう。

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キックオフ 〜そこのけもののけラッシュアワー〜
そこのけもののけ133。〜 そして今日はラッシュアワー98!
一昨日、テレビを見せたあと、まだまだ色々見たいと目で話すので、はいはい、それではたまには長編に挑戦しますか?とDVDパッケージを見せながら質問をした。そうしたら、これがすごい反応だった(笑)妻の大好きな「もののけ姫」だ。すごい勢いで、<それ見る、それ見る。それ見るぅー!>って妻の心は叫んだ!あーうるさい。わかった。そんなに目で叫ばないでくれ。わかったよ。でも133分もあるんだけど、本当に見るのかい?・・・と僕は、どうせ途中で眠っちゃうんだから、そうしたらこっそり帰っちゃえばいいとずるい作戦をたてて、表向き積極的なふりをすることにした。「よし、OK!もののけ姫いいね!見ようね。準備OKスタート!!!」なんて映画をスタートさせた。

体温は37.7℃から、一気に急降下して34.4℃になっていた。あぶないあぶない。この時期、夕方18時頃からストンと病院の空気が変わるのだ。それにともない、体温も反応する。ご飯もたべながらだったから、お腹もいっぱいになるし、体温も低いとなると、すぐ眠っちゃうのが落ちだろうと、もののけ姫を見始めた。

ところが、その一目は爛々と輝きを増してゆく。一心不乱とはこのことか?すごい真剣に見つめている。あらら、そんなに見つめると、画面に穴があいちゃうぜ。などと僕はひとり言をいいながら、学校の授業の資料を作り続けていた。気がつくと133分軽くクリアー。

「へー、すごいね!まさか、最後までこんなにしっかり見れるなんて思わなかったよ。面白かったんだね!」<うー>「目真っ赤だぜ」<うーー/(そんなの関係ない、面白かったの)・・・>「はいはい、今後はこういう時間も増やしていこうね!楽しいことはいいことだ。だって、そんなに反応が強くなるんだものね。最高だよ!」<うー>

<うー>以外表現できないけど、首は動くし目は睨みつけるし、口はうーをするし、まったく、君はうるさい。最高だよ。

そんな一昨日の出来事があり、昨日は、横浜で日本舞踊の撮影のために病院にはこれなかった。今日は、専門学校で講師をやってから病院にきたら、もう夕食の時間だった。僕の顔をみるなり例のうー攻撃ははじまった。首もうごかしまくる。

あー、うるさい(笑)わかってるよ。ハイハイ。確かに約束しました。はい。指切りもしました。覚えています。じゃー今日はこれ〜!どうだぁ!・・・と、目の前に「ラッシュアワー」のDVDパッケージを出した。<うーうー/(あんた、よくわかってんじゃない。それでいいわよ。)>という事でしたので、「そうだろ?俺って案外いい奴だろう?よかったな、俺と結婚して。ガハハ」と、DVDを見始めてた。

今日も目が輝いている。真っ赤に燃えている。こんなに熱烈に見てもらえれば、ジャッキーもクリスも満足にちがいない。さて、きょうは98分だ。さーってあと1時間、僕は今日は学生を休んでしまったから、今からベッドサイドで特訓の時間だ。それがおわったら、食後の端座位をやろう!

なかなか、毎日がてんてこ舞いではあるが、そのすべてがやりたい事ばかりだ。僕自身のキャパシティがもう少し大きくなれば、もっと好きな事、やりたい事を増やしていけるだろう。気がつけば、毎日が好きな事、やりたい事で埋め尽くされて行っている。妻が倒れたことで、自分の中にあった本来の基準が顔を出してきて、素直にその気持ちに従ったからこんなことになったのだろう。

本当に人生は不思議なものだな。あれもやりたい、これもやりたい。でも大切は大きくをきりとって大事なものを残すから、よく考えて進んでいかなくてはならない。でもこれから、もっともっと、好きな事、やりたい事で自分の人生を埋め尽くしてしまえと考えていると楽しい(笑)

まずは、日帰りの旅からだ。
準備がなにも進んでいないけど、まずは吸引機のレンタルしなくちゃ。それを使って、吸引の練習をはじめるのだ。遂に、自分で吸引ができる。これまたうれしー(笑)はよレンタルしなさいと、自分のお尻をけっとばそう!

未分類 | 18:26:30 | トラックバック(0) | コメント(0)
へんてこりんな毎日
今日の妻は少しお熱があった。37.4℃。しかし、手をにぎるとしっかりと握り返そうと動かそうとするのがよくわかる。思ったほどは出来ないのだけど、これが妻の「おもてなし」である。ありがたい。うれしくて涙がはみでる。こんな涙こそが「夢の雫」なのだと歌を作ったころは、願望で、そう思おうと努力していたけど、今はそれが自然となってきたなと実感する。こんな喜びの涙であれば、溢れてしまっても溺れてもいいなと思う。

この些細な変化が、家族にどれだけ希望をあたえ、喜びを与えるかしれない。人の希望、喜びといったものは、本当はこんなところにあるのだと、妻が倒れてから気がつく。人間は良い時だけではだめだな。恐ろしく落ち込むようなことまで経験して、生きるよさがわかったりするものなんだな。妻は声がでない。3年半声なしでやっている。しかし、言葉を失ったわけではない。その言葉を、柴田先生が取り出してくれたもんだから、それがまた光となった。

やりたい事が満載である。やれる時間がなかなかないけれど、あれもこれもやってみたい。しかし、互いに身体はひとつだし、この世は時間に支配されているので、気持ちと体力と時間と、それぞれをうまいバランスをとってやっていかないとならない。・・・と計り直したら37.7℃、上昇中だ。

今日は端座位はやめにしよう。じゃぁ、先日録画していたDVDでも見みようねということで、アイスノン&DVDということにした。先日録画しておいたのは、タイトルをわすれちゃったけど、なんか自分の大切な曲を言い合いっこしながらトークする番組だ。この回は阿川佐和子さんと藤山直美さんだ。なんか、うつろな目をしながらぼんやり見ているみたいだから、面白いのかもな。なんせ僕は見ていない。今後の予定としては、ワンスアポンアタイムのテレビシリーズと、アイススケートを録画してあるから、これをDVDRに焼いておかないとならない。

あぁ、目がバシッと開いている。これは壷にはまった曲でも流れたのかもしれない。なんだろうな。もうすぐ17時から食事だ。上手く熱が下がれば、2時間後くらには端座位が出来るかもしれないから、しばらく様子をみてみよう。やることは満載である。マッサージもそうだけど、学校の復習もしないとならないし、講師の資料作りは果てしない。どうやって面白く伝えられるかなぁと考えているとすぐ時間が飛んで行く。妻のテレビと食事の時間を資料して、これからまず今週の資料をつくっておこう。アルバムのレコーディングが終わったから、一つほっとした。

明日は横浜の久良岐能舞台で日本舞踊の撮影だ。これは毎週やっている。妻をつれだす準備もしないとならないし、本当に、僕らはいったいどこに向かっているのか?この説明のつかない生活がとても面白くてならない。

未分類 | 16:47:25 | トラックバック(0) | コメント(0)
希望の法則
先日、秘密基地に潜入したときに、お優さん経由でいただいた、腰痛回復メソッド本といっしょにいただいた詩集がある。これがとてもよかった。高橋佳子さんという人の本で「希望の王国」という詩集だ。この人のお父さんの本を以前に読んだことがある。仏教に根ざした宇宙の心理的な本だったような気がするが、もう覚えていない。しかし、いい本だったなという感触だけのこっている。

この本は前半は重苦しい。3.11をテーマにした本である、明るさだけに着眼できるわけがないだろう。そして後半は、その現実の中から生まれてくる希望についての詩である。しかし、それにしても腹がすわっている詩である。すっと喉元に刃物をつきつけられたような鋭さである。この中に希望の法則についての詩があった。何度か定期的にこの言葉の意味を確認するように、こういう本を読む流れが出来ているようだ。〜窮まれば変ず。変ずれば通ず。通ずれば久し。〜 一日の一番暗い時に、日が射してくる。冬が窮まれば春が芽生える。人生で一番苦しいときに、新しい道がすっと開かれ、希望へと通ずる。その道を歩き始めれば、通ずれば久し。ということだなぁと読める。

最近、講師などをやりはじめた僕としては、著作権にきをつけてこんな回りくどい文章になったりする。しかし、このたぐいの言葉は、本来は販売でなくとも、じゃんじゃん世の中に出回ったほうがいいのだがなと思ったりする。気づくきっかけは、色々なところに散らばっていると、誰かが言葉にけつまずいて、足をとめて、はたと気がついたりする。タイミングである。

この本を病院の入り口の”風の通り道”で20分ほど朗読した。眠り姫の妻だが、この本は写真つきなものだから、しっかりと朗読を聞きながら、写真をみていた。311のあわれな写真、死者を歌う詩のとなりには、海に花束をたむける夫婦の写真、いや、夫婦ではなく父と娘かもしれぬ。命を映し出すイメージの鶴が空にむかって叫んでいる写真。海から昇る朝日の写真。などなど、写真をしっかりと見据えながら、朗読を聞き続ける妻。

そうか、詩を研究しているのかもしれない。彼女の中に言葉がどんどんと生まれているはずだ。あいかわらず、筆談もできない僕だけど、きっと妻の心の中は、言葉だらけだろう。ベッドにもどしてから、魅惑のスパイラルを数口シュワッチと飲んで、歯をみがいたその後に、思いっきり僕を見つめて、何か言葉を言うように口を動かした。

ごめんな。わからないよ。でも、何か言いたかったんだね。そのうちわかるようになるから、待っててくれよな。と言いうと、諦めたように、目をそらした。しょうがないな。嬉しいような、さびしいような。しかし、この3年半という時間経過を相対的に見てみると、こんな口の動きが出来る事は、すごいことだと思う。だから、やっぱりさびしい事ではなく、喜ばしいことである。しかし、ちょっと出来る事があると、すぐその先を急いでします。人間はほしいものがたくさんあるのだ。まぁ、まてまて。急いでも、ゆっくり構えても、その結果はほんの1mくらいの差である。ゆっくりいこうじゃないか。

昨日、レコーディングがすべて完成した。あとは今日マスターを入れてプレスに回すだけである。フリーになってはじめて作ったアルバム完成音源を聞きながら、夕食とでも洒落込もう。ね、いいアルバムが出来たのさ。気持ちいいだろ?・・・と、すぐスヤスヤ寝息が聞こえてきた。聴き終わってもう一度聴いてみた。「ね、良かったでしょ?」と声をかけたら、目をスッとあけてウィンクをした。

未分類 | 17:18:33 | トラックバック(0) | コメント(1)
「体当たり秘密基地」潜入記


なんか、どうしてもこういったふざけたタイトルをつけてしまう。お優さんも、かっこちゃんも、宮ぷーも、たけちゃんも、柴田先生も、りほさんも、知り合った方々みなさん、そして妻も、自分に与えられた人生を、しっかりと受け止めながら、しかし、ちゃんとその中に人生の楽しみを見つけ出す才能をもっています。軽すぎるアプローチではありますが、僕にとっては文章だったり、タイトルだったりするのかもしれません。

昨日、お優さんの秘密基地に潜入した。それも食事付きである。正確にはこういうのは潜入とはいわない。もちろん、妻の外出大作戦の打ち合わせ・・・というか、僕からの質問の場である。なんせ、何を用意して、どんなことを気をつけていいかわからない。タクシーを用意すると、5万以上はかかるだろうし、さてどうやって移動すればいい?からはじまり、さまざまな質問大会をすべて、スラスラと答えてくれるお優さんでした。

「着替えはね。・・・あなた、ここに寝て・・・こうやって、腕は上にはあげずに、袖をなるべく下にもっていって、こうやって通して、それから反対・・・はい、ごろ~ん・・・で、こっちの手も同じように、ネッ!」・・・と、夫婦で見本を実演しながら教えてくれるから、気をつけるべきポイントが一発でわかる。すごい。

どんなにインターネットが発達しても、こうやって会って話をすることを超えるコミュニケーションはないと実感する。そのうえ、美味しい(笑)お鶏肉の自家製塩こうじつけソテーと、あゆの塩焼きに、白ワイン。お米は魚沼さんコシヒカリだ。インターネットでは味わえまい。

さて、しかし、準備することが山積みだ。今日はほんとうは病院で吸引の練習の相談をする日だったのだが、急に寒くなったこともあり、身体が危険信号を発したので、家に帰って眠ることにした。このバランスをぐっとこらえることも仕事だ。結局、腰をやっちまうと1ヶ月以上使いもにならなくなる。

腰といえば、昨日、お優さん経由でいただきものをした。このブログを読んでいただいている方が、僕と息子の腰を気遣い、痛み解消のメソッドエゴスキューの本を用意してくださった。それを、お優さんがイベントに出演している日に、お優さんに声をかけて、、、そういうわけで、お優さん経由で、僕がこの本を頂いた。なんともびっくりし、ありがたく思いました。

これもインターネットでは出来ないものでしょう。便利はいいけど、こうやって人と人とのつながりで、手渡してもらったものだとありがたみが格別にちがう。便利だけだと見過ごしてしまうものが、こういう人と人とのつながり、かかわりの中にある。

かっこちゃんがやっている毎日のメールも、お優さんのブログも、柴田先生の活動も、こうやって広がっていくのだろう。ぴったり同じというわけじゃないんだけど、同じような志しをもった人たちが、その感覚的共有部分で繋がって、それが重なり合って、毎日成長していくといったようなイメージだ。これはなんというか、うまく言えないけど、精神的にとても正しい成長だと感じます。

いつも書き始めると、最初に思った事と別の文章へと話はすすみ、結局もどれなくなる(笑)あぁ、そうか、僕は今こういうことを考えているんだなぁと書きながら、ふーんと思う。なんか、自分の中にもう一人いるといった感覚である。

外出計画がスムーズにいくかどうか?は不安いっぱだけど、とにかく無理をせずに、出来る範囲で一歩づつやっていきます。

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