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T.Nishijima

Author:T.Nishijima
2010年2月に妻が脳幹出血で倒れる。2013年3月に白雪姫プロジェクトと出会い、積極的なリハビリアプローチを始めるため、その回復への道のりを記録しようと日記をはじめました。また、このプロジェクトの存在を知ってもらいたいと思っています。
http://www.shirayukihime-project.net/

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スーパーマン、スーパーウーマンの集い。
はりきって朝から自主トレへと、きんこん午前の会へと行きました。半年ぶりに、かっこちゃんとも会えて、思わずありがとうございますと、手をとった。

柴田先生ご夫妻と、お優さんもいらして、よくよく考えてみると、スーパーマンやらスーパーウーマンだらけの会です。

かっこちゃんは、僕に、指談のこつを教えてくれました。そもそも、僕は相手の手を強く握り過ぎていてことがわかりめした。かっこちゃんから、西嶋さん、それじゃあ手を動かしたくても動かないって(笑)全く、根本的に下手っぴなわけでした。

この後、障害をもっている当事者が参加してくれて、僕らにやり方を教えてくれるのです。すごい事です。

僕の練習を助けてくれたAさんのお隣に、柴田先生と同じ方法で言葉を読み取れるスーパーマンがいまして、その方の通訳を聞きながら、Aさんからレッスンを受けました。

奥様は中途障害ですか?と質問され、ハイと答えると、自分とは立場が違うが、大変なことでしょう。しかし、絶対に絶望だけで生きているわけではありません。身近にいる旦那さんが、言葉を読み取れることは、とても良いので、優しさを持って、頑張ってください。、と、励ましてくれながら、レッスンしてくれた。

Aさんは、僕が分かりやすいように、とても頑張ってくれた。おかげさまで、もしかしてら僕にも出来るのかもと思った。

スーパーマンや、スーパーウーマンは、やはり当事者である彼ら彼女たちだ。そう思うとますます、すごい集いだなと思う。

まぁ、結論から言えば、僕はまだスーパーマンの気配はないです。しかし、ダメダメなタイプが逆転ホームランのような変身をとげるというストーリーが、ヒーローストーリーであるならば、十分にその可能性、条件は持ち備えている。

散歩して外でお優さんの本を朗読したら、妻の呼吸が乱れた。きっと思いがリンクしちゃったのだろう。

落ち着いてから、アイスクリームを食べた。ハーゲンダッツのバニラだ。まだ、ゼリーなどは無理だけど、アイスなら行けると思って試して見た。

バッチリ!口を自分から開けて食べにる意欲を見せてくれた。僕らには筆談より食い気が似合っているということのようだ。しかし、これはやっぱり味が分かっているということだ。コーヒーもコンビニのは必ずミルクを入れていたし、砂糖を入れる時もあった。でも、スターバックスにしてからは、ブラックでとうしている。

嬉しいような、懐が痛いような、悩ましい喜びである(笑)

爪を切っていたら、左手の親指をしっかりと続けて、意識的にスイッチを押すように、しっかりとした力で僕の親指をプッシュした。あれ?今か、押した?と聞くと、何言ってんの?ほら、ほれ、ほーれ!とプッシュした。

あなたの指談は当てにはしていないから、気にしなくて良いのよ。あなたが出来るようになるのと、それより、ほーら、、私がレッツチャットを使えるようになるのと、どちらが早いか?競争してみない?

、、と、煽られたようだ。明日から、スイッチ練習も再開しよう。どっちでもいいなー。レッツチャットなら、詩が書きやすくなるし。

みんなに言葉があることは、奇跡ではない。普通のことだ。そんなことが、当たり前の世界へと、一歩づつ近づこう。

僕より妻の進み方の方が早いかもしれないけど、方法は、早いもの勝ちでいい(笑)

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未分類 | 17:34:13 | トラックバック(0) | コメント(2)
涼しい顔の君
会社を辞めて1年が経った。正式には今年の2月中旬に退社したのだが、現実的には昨年の10月末に肺炎で入院したのが最後だったようなものだ。そう考えると1年が過ぎた。

体力がめっきりと落ちて、今年の夏までは、体重は10キロも戻ってしまったくせに、体力はまだまだ戻らなかった。カゼはすぐにいくし、ちょっと外出すると、夕方以降はぐったりしてすぐ一杯のんでダラダラしてしまうような状態だった。

そんなだらしのない日々にいやけがさして、学校に行き出したのが8月の19日からだ。しんどかったが、それに上乗せして9月後半からは学校の講師をはじめた。この頃、小松崎さんのレコーディングやら撮影も平行してやっていて、横浜の能舞台での日本舞踊の週一回の練習と講義を撮影するというようなこともやっていた。

どこかでまたダメになるのかなというくらいにハードだったけど、どうにか乗り越えられたように思うのは、10月の中旬くらいからだ。今でも授業にはついていけない、落第ギリギリなダメ学生をやりながら、90分の講義の資料を作るのに毎週16時間以上ついやしながら、あっぷあっぷの毎日だけど、それでも妻の3年9ヶ月ぶりの外出をしたり、詩をプレゼントしてもらったりと、そんな日々を過ごしているうちに、なんとか完全に体力がもどったなと感じている。

ここ8月〜9月はガラにもなく、ノンアルコールビールなんてものを購入して、毎日飲んでいた。いつもは外で打ち合わせという名目で、飲んだくれるのだが、それもノンアルコールですませていた。まったく僕らしくない(笑)

それが、やっと普通にもどり、また太ってしまったというわけだ。どっちに転んでも、なんだか結局ダメな人間である。

そんな、僕があっぷあっぷしながら過ごしている日々も、妻は涼しい顔で、一歩づつ前へ、前へと進み続ける。これがうれしい。僕がここで立ち止まるわけにはいかない。結局、妻にお尻を叩かれながら生かされているのはこっちのほうだ。彼女は今、端座位が終わり、涼しい顔で、男子バレーボールを見ている。なんとなく浮かない顔だな・・・と、画面をのぞきこんでみると、ロシアとのバレーの第一セット、16対24で負けている。

今日はたけちゃんが、指談でまたかっこいいことを言っていた。そんな話しを端座位の時に伝えた。妻は僕については、諦めているようだ。割り切りの早い川筋者だ。先日、柴田先生とあったときに言っていた。「柴田先生のこの手だけでも、置いていってほしい」・・・という、ジョークから、「柴田先生の特別なやり方は難しいけど、いろいろな人が筆談が出来るようになっているようですね。わたしのところには、最近はお優さんが来てくれるから、たまに会話ができるようになってうれしいけど、夫はできなくていいけど、他にも出来る人がいるとうれしいです。」

・・・・・・・・。
サラリと言っていて、だれもがスルーした。僕はショックをうけながら自分でもスルー(笑)そうなんだろうな。きっと僕は才能がないのだな。それを妻は読みとっているのだろうと思う。しかしね、どんな劣等生でも、どんな不良でも、それがバネになってがんばって成功する話し、、どこにでもあるパターンだろ?だいたいヒーローは、変身する前はダメな近眼の使えない記者がスーパーマンになったり、たしかスパイダーマンだってそんな感じだったはずだ。ジョーは少年院にはいっていたし、星飛雄馬は貧乏でも、大リーブボール養成ギブスで特訓して、スポーツカーをぶっとばす花形満を打ち取るまでになる。

話しのつじつまがあっているかどうかは関係がない。気にする必要はない。だから、きっと僕も出来る日がきっと来る。未来の希望に向っているストーリーの途中であるということだ。かっこちゃんのメールの中の、誰かの文章の引用に、<永遠の過去と永遠の未来の中間、それが今だ。この今を一生懸命に生きる、これが日本古来の神道の考え方だ・・・>・・・みたいなことが、書かれていたように記憶している。そう、過去も未来も永遠にあるのだ。僕らは今をがんばることだけだ。未来の不安も、過去のくやしさもいらない。

だから、明日は午前にきんこんの会に自主トレに行く。そこで勉強してから、そのまま妻の病院へと向おう。だから、この氷の心をもつクールな涼しい顔の妻にサラリと見捨てられたけど、ぼくはそんなこと、引きずらない。・・・ははは。。。

未分類 | 17:57:54 | トラックバック(0) | コメント(1)
のぞきこむ瞳
一昨日はもう端座位が出来ないと思っていた。結局ドラマを見ながら眠っちゃった。きっと内容はわかっていないなと思いながら、19時を過ぎた頃に熱をはかったら6℃台に下がっていた。念のために「どうする?端座位」と訊ねると、はっきりと「やる」と意思表示があった。例の、目の上下の動きだ。この目のサインは、意識的にしっかりと出来る、これはこちらも感動的です。本当に感動的なほど、相手の意思がはっきりと伝わってくる方法ですから、ぜひ試してみてもらいたい方法です。これも、やれるまでには3年9ヶ月かかりましたので、焦らずに、たまに思い出したときに試していけばいい方法だろうと思います。

今日は少し熱がありますが、先ほど夕焼けが見える窓のほうを見ながら端座位をとった。端座位をとりながら、夕焼けから暗い空へと移っていきました。妻の詩のことを、本当に心からすごいと思うよと話しをしていると、その時だけは「本当にそう思ってんの?」とでもいうように、僕の真意を確かめるかのように、目を覗き込んで来た。ここで目をそらす訳にいかない(笑)

「なんか数日時間がたつと、もう詩に手を入れたくなくなってきた。直した方がいいだろうなーっていうくらいのことでは、手をつけたくない。確実にここは直したほうがいいと決意できたときに、手をいれるよ。そのくらい、ストレートに伝わる凄みみたいなものがあるね。中島みゆきさんは、暗くてきらいとか言っておきながら、君はどちらかといえば、そっちのタイプだぜ。ま、僕はそんな手強いタイプは好きな方だよ(笑)」・・・などと、話しをしているうちに、あっという間に真っ暗になった。

この前眠っちゃったから、今日はやっぱりドラマがいいということで、ドクターXから見直しているところだ。妻がビデオを見ているあいだに、今年8月8日に柴田先生がいらしたときの妻の言葉を読み返してみた。

まだ、アプローチがざっくりしているけど、やはり注目するポイントは、妻の中にある激しさだ。

「良い人生 悪い人生問うなかれ ロウソクは燃え尽きるまで炎なり」

あぁ、こいつ。男だったら川筋者だっただろうな・・・と、その内包された炎のような気性をかいま見たような思いだった。この日からまた3ヶ月がすぎて、今回の詩は3編。そしてその完成度もみるみる上がっていると思う。

こうなると、もうほっとけ・・・という方向にしたほうがいいのかもしれない。次回の詩た楽しみだ。こうやって、僕らには、最初と最後に蜜月がまっていたそうで、世の中の普通の夫婦よりも面白い、最後の人生を楽しんでいけそうだ。

僕も妻も、飲み始めたら長っ尻だ。この僕らの最後の一杯は、もう一杯、もう一杯とかいって、吞み潰れるまでおかわりしていくことにしよう。

未分類 | 18:22:03 | トラックバック(0) | コメント(0)
未来の流転

今日は、顔をみるとなんかぐったりしている。ははー、熱があるな。・・・37.5℃だった。不思議なもので、外が暖かいと熱が出やすい。不思議だけど、人間はやっぱり自然・地球とつながっているのかなと感じる。これじゃぁ、端座位はとれない。

「今日はね、ドラマやら、バレーボールやらいっぱい持って来たよ。バレーボールは全部みると6時間かかるけどね(笑)ドラマは、ドクターXとワンスアポンアタイムだ。さー、どっち見る?」

疲れていて、無表情だ。「バレーボール?」<・・・・無反応・・・・>
「ドラマ?」<パチリ!>「あー、ね。ドクターX、面白かったもんね。今回は泉谷しげるさんが出演しているんだよ。すごい才能だよな。先週の授業でね、1974年リリースの「眠れない夜」を学生に聴いてもらったんだよ。ディスクリートのミキサー卓で録音されたサウンドはストレートなサウンドでかっこいいんだ・・・あ、および出ない?および出ないね。・・・こりゃまた失礼いたしました〜」と、熱があるくせにドクターXをしっかりと見ている。

さて、そんな妻の作品です。


「未来の流転」

私たち夫婦にとって 二度と訪れることのないあの若き日の蜜月が
こんな身体になったからこそ訪れるとは 
世の中の誰も気づかぬことでしょう

私たちにとっての蜜月は 始まりと終わりにまっていた
私たちの蜜月は 私たちの間の長い長い空白を
まるで何事もなかったかのように 私たちの心をつなぎ止める

まるで何もなかったかのように空白の時間を埋めるかのような
暖かい月の光と 甘い蜜の味に満ちているのかもしれない

そんな甘い蜜と 暖かい月の光の蜜月に 私は身を委ねながら
これまでの私の「業」を思ったりするけれど
この甘い蜜月は 私の暗い「業」まで溶かし尽くしてくれたようだ

私の心の中には もはや昔のあの暗い「業」は残っていない
私の心の中には 今はただ甘い蜜と暖かい月の光が注ぐのみ

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

間違いなく、今の身体になっていなかったら誰にも伝えない話しでしょう。誰しも始まりは蜜月から始まるよね。でも、あっという間に、忙しい日々に謀殺されながら、妻は一人でお腹をかかえて過ごしていくことになります。それからといいうものは、どれだけほっぱらかしていたものか、、長い長い空白・・・・だって・・・心が痛い。

まいったな。でも、これは作品だから、僕と妻のことというより、今の妻の心を表した作品として、僕としてはディレクターとして、これを発表していく道を考えるべき立場なわけです。

今回のタイトルはとてもいい。実は、最初は思いつきで「7つの夜」というタイトルを伝えてきて、それをとりやめて、このタイトルとなった。流転・・・は、無常に通じる。目には見えなくても、常に変化していくのが人生だ。常なるものは無し。誰しもとどまることは出来ないのだ。

・・・・このやろう、ほめ殺しの手を使いやがった。いつからこんなに頭よくなったんだ?えっ?これじゃぁ太刀打ちできやしない。ずるいぞコラ。これなら、政治家もアゴで使えるぜ。5000万貸してくれるかい?君が捕まっても、僕は絶対に返さないけどね。

未分類 | 18:05:36 | トラックバック(0) | コメント(3)
花も実も
ハナモミモ

私にとって「心の果ての悲しみ」の宿る スキマ風が吹く場所は
昔はたくさんあったから 私はとても淋しかった

こんな身体になってから 私の心のスキマ風は
いつかどこかに消えて行った
私の心の中には いつも穏やかな春の風が吹いている
私の心のスキマ風 いったいどこへ消えたのだろう

私の身体は隙だらけなったのに 
私の身体に何故スキマ風は吹いてこないのかしら

私のような身体になって スキマ風が吹かなくなるとは
全く予想もつかなかったけれど
こうして本当にスキマ風が吹かない
隙だらけの身体をかかえて生きていると
私も スキマ風のような冷たい風を
吹かせていた頃を 悔いるけれど

私はもう どんな風も吹かせることが出来なくなったけれど
私の心から吹き出す風は きっと昔より穏やかな風になったことでしょう

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

たいへん、荒削りだ。でも、とても可能性のある詩だと思う。
まだ、手は入れていない。

原石とはこんなものを言うのだろう。とても魅力的な詩だ。個人的には悲しかったり、嬉しかったりとても複雑なものである。心臓を掴まれたような感じだ。

8月に、柴田先生がいらっしゃったときに、妻が星野富弘さんの詩「傷(レンギョウ)」を思い出して、家の中のどこかにあるはずだから、星野さんの詩集を持って来てほしいと言った。きっと、この詩に触発されて書かれているのだろう。<わたしは傷をもっている でも その傷のところから あなたのやさしさがしみてくる>
僕はこの詩のことを知らなかったから、衝撃をうけて、涙がこぼれた。

妻もこの詩はとても気に入っていて、それを自分の心の隙間風にかさねたのだろう。しかし、やはりタイトルがとても遠いところからのアプローチだ。距離感がありすぎるようにおもう。もちろん、本当にタイトルはこれでいいの?と僕は妻に再確認した。即座にうなずき、しっかりとした意思をもった右目でまばたきをした。そうか、これでいいようだ。

それで気がついた。星野さんは、この詩にレンギョウの絵を書いている。妻は、それを言葉でやって見せたのだ。
このアプローチはある意味過激である。しかし、言葉としてはシンプルで「花も実も」である。どんな花も散る。そして実を結び種は落ちる。その時間の流れを、成長と呼ぶのか、老いと呼ぶのかは知らないが、どちらにせよ、風にふかれて生きて行くのだ。

僕はいろいろなタイプのアーティストや作家と作品をつくらせてもらったので、色々なケースを見て来た。そういう意味で妻の気持ちもアーティストの一人としてわかるつもりでいる。「今」の妻の気持ち=「詩」を創り出す面白さを堪能しているのだろうと感じる。詩に正面から向き合う面白さを知った瞬間の感動が僕にストレートに伝わってくる。それこそが妻にとっての「今」であると感じる。

だから、このタイトルは言葉自体はやさしい言葉なのに、何故この詩のタイトルに選んだのだろう?と一般的には解りにくいことを敢えてトライしたいという気持ちなのだろう。それこそ、作家の自由と勇気の使い方である。妻は言葉で絵を書いたのだ。言葉をそのまま<花も実も>とすると、アイキャッチが足りないから、ここではカタカナにしてみた。

普通なら、どう考えてもこのタイトルは「隙間風」となるはずだ。まだ確認していないけど「花も実も」の「実」は「身」(身体)と韻を踏んで、ダブルミーニングなのかもしれない。妻はきっと、この僕の反応を楽しんでいると思う。声のない自分のこの心の謎解きを僕に突きつけているようにも思う。ここらへんが、彼女の僕に対してのブラックジョークかもしれない(笑)人間はやっぱり正直に生きないといけない。こんなふうに、自分のやったことはもっと難しい形でもどってくる。やり返されちゃうのだ。

それにしても、いい詩だな。
あしたは3作目。夫婦の話である。でも普通・・これ、書くかなぁ。。。つづく

未分類 | 15:57:26 | トラックバック(0) | コメント(1)
命の木霊
昨日の余韻にひたりながら、妻は剣心を見ている(笑)食後に端座位30分を終えて、やっぱり剣心である。これを書いている途中で19時になるから、剣心を中断してたけちゃんへ気持ちをとどけてから、また剣心をつづけよう。

昨日の余韻というのは、僕のほうである。でもきっと妻もそうだろうと思うのだ。まやもびっくりしていたけど、妻は詩を3つも書いていた。お優さんが清美に「詩を書いたの?」と耳打ちしたら、指談で「3」と書いた。すぐにお優さんは「西嶋さん、清美さん詩が3つ書けているみたい」と話してくれた。ひぇーすごい。

まやちんが落ち込んで話しが進まなくなった。もう帰らなくちゃいけないけど、いいタイミングだと思って割って入った「柴田先生。さっきお優さんから聞いたのですが、清美が詩を作っているみたいなので聞き取ってくれますか?」妻:「今、言っちゃっていいの?」と言ってから、妻はまやちんに「そうそう、私は何も変わっていないと言ったけど、一つだけ変わったことがあるの。最近、詩をかくようになったのよ。私が詩を書くなんて信じられないでしょう?」まや:「信じられない」妻:「そうなの。これだけは変わったところかな。だからあなたにも、聞かせてあげるわ」・・・と詩を伝えはじめた。柴田先生の通訳のスピードが少しだけペースダウンする。詩はフレーズが通常の会話とはちがうので、確認するのに少し時間がかかるそうだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
命の木霊

私の心の中にある キレイなキレイな塊が 
いつか私の心から 溢れてしまう夢を見た

その溢れたキレイなキレイな心から
私はいったいどんな夢を育てたらいいのだろう

私のキレイなキレイな塊は 遠い昔になくした心

キレイなキレイな心の塊を 私はこんな身体になって 
今、必死で探し求めている

私の心の中に キレイなキレイな心の塊があった場所が
まだ残っていて 懸命に人の様々な気持ちを注ぎ込んで
そこに新しい キレイなキレイな心の魂を作ろうとしている

今はまだ それはキレイなキレイな心の塊になりきれてはいないけれど
こうして沢山の人の心をいただければ 私の心にまた新しい
キレイなキレイな心の塊が生まれるにちがいない

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

フレーズの構築は、まだまだ荒削りだけど、前回のものより数段表現力がついている。
今日、端座位をやりながら、3つの詩ともとてもいいと心から思ったと伝えた。
しかし、口頭で綴っているので、どうしても目で文字をみて確認していないから
前後の流れをもっとよく出来るところがあるなと僕は感じる。

ーーーーー<ここで、たけちゃんへの時間を5分とった、ちょうど看護師さんが着たから、看護師さんにもたけちゃんの話しや、昨日の会の話しをした>ーーーーー

もちろん、このままでもいいのだけど、30年もディレクターをやっていると、ついそんなことを思うものだ。妻が他界するかもしれなかった倒れた当日の夜中に、詞をかいているうちに、イメージが因幡さんの声にダブり、そのまま詞を書き上げたりしているのだから、この根性はすっかり染み付いてしまっている。結局その曲「ベッドサイド」は、因幡さんの35周年記念アルバムに収録していただいた。そんなことばかりやって生きてきたので、妻の作品も少しだけ手直しを僕がして、その確認を妻にとりOKが出たら出来上がりというような形にしていこうと思っています。

そうすれば、これからの人生が面白くなる。僕らがこれからも二人三脚でできるクリエイティブ作業を手にいれることができる。それを僕がディレクションして、来年からは作品にしていこうと考えています。そうすれば、このあとの僕らの人生が面白くなってくると思う。

3つ目の詩は、僕ら夫婦についての詩だった。その中に「私たちの蜜月は、始まりと終わりにまっていた」というフレーズがある。僕が50才、妻が49才で倒れた時には、人生真っ暗だと思った。しかし、それから3年2ヶ月がたち、白雪姫プロジェクトと出会い、そこからがぼくらの後半の人生がガラリと変わって行った。4月に宮ぷーとかっこちゃんに会いに行って、端座位を教えてもらった。5月に柴田先生によって3年3ヶ月ぶりの妻の思いを聞くことが出来た。そして妻は詩を書きたいと言い始めた。8月に柴田先生が着てくれたときに、詩はしっかりと出来上がっていた。

さらに、もっと書いていこうと話しをしていたが、僕には読みとることが出来ない。それが昨日の外出で、柴田先生にあって引き出してもらった。

タイトルが難しいのじゃない?とたずねてみたが、それでいいみたいだ。
内容との距離感をあえて作り出しているようだ。ここら辺は、僕の偏屈さがどこか映っているように感じる。昔は僕は気づいていなくて、いつも、妻を傷つけるようなジョークを飛ばしていたが、そのうち妻もそれに慣れて来て、僕のブラックジョークに笑顔で答えるようになってきた。きっと、そんな毒のあるセンスもいくつか披露してくれている。僕はそんな強い言葉の使い方が好きだ。

命の木霊・・・「キレイなキレイな」・・・という、必ず2回木霊している言葉や「塊」という強い言葉。僕はその言葉の使い方にびっくりした。まさか妻がこんな言葉の使い方をやってみせてくれるとは思ってもみなかった。

明日は2つ目の詩を紹介します。

未分類 | 19:48:44 | トラックバック(0) | コメント(2)
I’ll be Back!


快晴!
今朝、一番のメールは、下成佐登子から「清美晴れ!」という笑えるメールだった。
そう、今日は外出日。佐登子さんに、Thumbs upマークを送り一日が始まった。
そして19時に、たけちゃんの回復に念をいれてから、これを書き始めた。

妻は3年9ヶ月ぶりに、私服を着ておでかけをした。運転は次男がする。助手席には妻の親友のまやちんが乗っている。僕と妻は、後部座席に偉そうに座っている。僕らがドライブをしている。土曜日はとても混んでいて、お出かけのうち4時間は車の中、現地には1時間半ということになった。

お昼に病院についたときに、すでに妻の気合いは入りまくっていた。体温は36.9℃、セーフだ。妻の親友のまやちんが、妻のために靴下をもってきてくれた。5本指のやつだ。毎日はくのはめんどうだけど、こんなお出かけの日にはこれがいい。少しでも血流が良いほうがいい。こういうちょっとした心遣いがうれしい。

2時間のドライブで、吸引は1回だけだった。目的地につくほんの5分前にコンビニの駐車場に入って吸引をした。明らかに、なるべく吸引しなくていいようにと、妻はなるべくゴクンと唾液を飲み込んでいたようにおもう。嚥下が意識的に出来るようになってきているということだ。これもすごい。

こういう、凄い事は、やはり必要にかられ、その対応のために生まれるということのように思う。座ることで、首を使う。とてもいやだから、首を横に振る。Yesを伝えたくて、なんとか右目だけでもまばたきをする。・・・というように、必要なこと、必死に伝えたいこと、は身体ががんばるのだ。

今日は快晴。光が飛び跳ねていた。あたたかいし、うれいしのだけど、妻の左目はまぶたがうまく作動しないままだ。窓から光が直接あたると良くないのだ。ほっておいたらきっと失明しちゃう。当然この可能性は予想していたので、今日も野球帽はもってきていた。目の保護のために、深めに帽子をかぶせれば目を守れる。・・・一週間前の練習外出でも、これは有効だった。

でもなぁ、、、先週思ったことは、これじゃぁ景色がかくれてしまうのでもったいない・・・ということだった。それで今日は、いつも運転で眩しい時に使っているサングラスを妻にかけてみた。

おー! I’ll be back! 

サングラスをかけた瞬間に、僕がそう声をあげた。ターミネーター好きの息子はすぐにバックミラーを見て「おー、いいね!」と反応した。あまりにカッコイイと思ったのと、道が混んでいて、つまらないこともあって、僕は妻の写真を撮った。それがこの写真だ。

光で顔半分が飛んじゃうようなポイントでシャッターをきったのが、けっこういい感じになった。元はもちろんカラーだけど、ターミネーターみたいにしたいと思って、カメラをいじっていたら、こんな風になった。なかなかクールだ。悪くない。

柴田先生とは8月前半にあった以来だ。妻は講演後、久しぶりの柴田先生との会話を楽しみ、そして親友のまやちんに話しかけた。その言葉のストレートさに、まやちんはビックリして、動揺していた(笑)・・・、これは僕は以前からわかっていたことなんだけど、まやちんは僕らをいたわってくれていて、妻も当然どんどん良くなって来ていると思うし、すべてわかっているよねと話しをしていた。でも、<そう思いたいという願望>として感じているという風に僕はうけとっていた。

あぁ、違うんだよな。清美は本当に全てわかっているんだけどな・・・でも、この微妙な感じは、僕はそのうちわかることだから、どうでもいいやと思っていた。本当にそうおもっていても、思おうとしている段階でも、どってでもいい。だから、僕はそこについては話しをしなかった。だって、誰だって、身内が真剣にそんな話しをしたら、「そうですよね、きっとそうです。わかります。」ってことくらいしか、セリフはない。

それを、妻は柴田先生経由でまやちんに指摘した。僕は「あーあ、言っちゃった」って(笑)妻は親友には、はっきりと明確に理解してもらいたかったのだろう。「私、ぜんぶわかっているよ。でも、しゃべれないだけなの。だから、以前のように普通に話しをしてほしい。」と言い始めた。ぜんぶの言葉を覚えていないけど、要約すると、、、「私は普通にすべてわかっているのに、みんなかわいそうとか、そんなムードで、会話がちょっと遠い感じというか、気をとてもつかってくれていて、そのポイントがずれている」・・・ということを伝えていた。

へー、よくこんなこと言えるようになったね。妻の性格を考えると、前ならぜったい口にしない切り口だろうと思うけど、それだけ、親友にはわかってもらいたかったのだろう。まやちんは、びびって言葉がなかった。車の中でも反省しきりだった(笑)こうやって、一人一人、ほんとうに妻に言葉があり、思想があり、感情がはっきりとあることを、、、ついに、本人が伝えはじめたのだ。

もちろん、柴田先生経由である。柴田先生が通訳をするときのこの柴田先生の手だけでも、おいて行ってほしいくらいだと言っていた(笑)台詞がいい。なかなか、いいセンスだなと思った。

今日の柴田先生は、スーツを着て、障がい者たちのほとんどに言葉がある事実を伝えようと、暑く講演をしていた。それに聴き入っていた妻は、講演後、柴田先生に伝えた言葉は、「私の病室に、笑いながら入ってくる人は、柴田先生とお優さんだけで、この人たちは、ただものではないとおもっていたけど、柴田先生は、ただ笑っているだけでなく、ちゃんと真面目に話しもするのですね。」・・・というジョークだった(爆)もしかしたら、本気の言葉だったのかもしれない(笑)

5時間半の外出。往路2時間ドライブ ミーティング1.5時間 復路ドライブ2時間。
すごいな。こんな事が出来るようになった。すごいぞー!すごい!
あー、楽しかった。 I’ll be back!!


未分類 | 21:40:07 | トラックバック(0) | コメント(7)
明日という意味
いよいよ、明日は外出本番日だ。先日実際に外出しているわけだから、練習も本番も気持ちだけの問題だ。本番というより2回目ということだけど、妻が友人以外のこれまで会ったことのない、新しい人たちと会うという意味では、大冒険の日がやってきたわけだ。

たけちゃんと柴田先生と会うんだと説明していたぼくは、たけちゃんのことを妻に伝えた。そして、みんなで気持ちを合わせて回復を祈るのだと伝えた。死の淵を歩いた経験者である妻は、きっとたけちゃんの気持ちがわかると思う。

妻が倒れた時もそうだったけど、僕らはいつも明日が当たり前にあると思って生きている。しかし、自然災害もあるし、人工的な事故とか、事件とか、様々な不確定なことがあることも事実だ。でも、僕はそれらもすべて自分の人生だというように感じるようになった。どんな理由でも、時間はもどらないのだ。

たった今、彩さんのコメントを読んだけど、今、この時も当たり前だけど不安があるだろう中で、幸せだと断言できることも、それは比較論でなく「今」と真っ正面から向き合って、そして、周りの方々の気持ちが集まってきていることを体感できているからこそ、「幸せ」という言葉を発信できるのだろうと思う。

人の気持ちは不思議だ。たしかに、感じることがある。「祈り」にパワーがあることは事実だろう。
僕らは通常より困難だと思われる経験をしている。しかし、その経験のおかげで「幸せ」を感じることも事実です。でも、通常より困難って何なんだろう?とかって、考えはじめると面倒なことになる。比較論的な考えだから、それを元にすると、上も下もできてしまう。それは人間として当たり前の感覚だと思う。しかし、その経験をした上で、僕らは「今のまま」を受け入れることを学ばなくてはならない。

僕は今日妻に声をかけた。やる気満々の目つきだ。「外出ができるなんていう日が来るなんて、予想していなかったよ。でも、やってきた。僕らはお互いに3年9ヶ月も辛抱してきたんだ。あしたは、しっかり僕らの外出を楽しもう!そして、たけちゃんのイベントに行って、心をあわせて、たけちゃんへ気持ちが届くようにお祈りしよう!」

妻は気合いの入った目でぼくを睨むように見つめて、頷くようにまばたきをした。

未分類 | 21:43:28 | トラックバック(0) | コメント(1)
シアワセ牛丼ニーゴーマル

今日は夕方の端座位を30分みっちりやれた。処置の時間が前後するので、それしだいで、長めにできたり10分で終わったりする。あいかわらず、顔つきもキリリとしていて、端座位の安定感は抜群だ。これがアイススケートなら、僕なら満点をだしてもいいと思う。

そろそろ処置の時間だ。着替えが終わらないと、ビデオを見ていても中途半端になるから、この隙にお買い物へ行こうと思い立った。今週の土曜日の外出着をまだ何も買っていない。さすがに、柴田先生やたけちゃん、お優さんと、外で会うのに病院の寝衣じゃパッとしない。やっぱり、バリッと新しいのを颯爽と着ていきたいと思う。

病院から徒歩7分程度のところにユニクロがある。先日、外出したときに感じたこともあったので、どんなものがいいかはイメージ出来ている。上はもちろん前あきがいい。それで肌にやわらかくて、暖かいフリースにした。それにダウンベストを購入した。ジャケットタイプだと、着替えもそうだけど、移動するときにどうも手間になりそうだと感じた。車椅子にのったら、上から掛けるものはいくらでもある。なのでダウンベストにした。

パンツは風を通さない、中はフリースになっている暖かいものにした。どれもとても軽い素材だ。そこがいい。家にあるものも少しはあるけど、太ったからたぶん入らないだろう。サイズはMでもいいのだろうけど、少しでも苦しいとイヤなので、全部Lを購入した。大は小をかねるどんぶり勘定方式だ。

こんなに早く、妻の服を買う日がくるとは思わなかった。病院にもどったら、たぶん妻はもう僕が帰っちゃったと思っていたのだろう。なんとなく、そんな顔していて「あれ?いたの?」っていう顔をしていた。「そうさ、いたんだぜ。それもね、100年ぶりにお前の洋服なんて買っちまったぜ。ジャジャ〜ン!どう?いいでしょ?」<目を見開く妻>「どう?気に入った?」<うなずくいて、口を大きくあけ、動かす・・・たぶん、あ・り・が・と・う・・・だろうけど、うまくわからない>

嬉しいなぁ。本当に、毎日なんでこんなに嬉しいのだろう。幸せは気持ち次第だと、本にも書いてあるし、うさんくさい人たちもよくそんな事を言うものだけど、これだけは事実のようだ。

ついさっき、買い物をして、その隣のすき家で250円んの牛丼を頬張りながら、なんだかジーンとして泣けてきた。50半ばの男が、誰もいない、すき家で、涙ぐんで牛丼をたべている・・・それもユニクロの袋をもちながら。。。相当、危ない絵である。幸せを感じるのは、こんなタイミングじゃないほうがいい。とにかく通報されなくてよかった。

妻は先日のNHK杯のエキシビジョンを見て、盛り上がっている。。。。これ、4時間近くあるんだよね。

未分類 | 18:13:18 | トラックバック(0) | コメント(4)
ココロノスイッチ
今日、妻の顔を見て、あれ?と思った。麻痺で歪んでいた顔がまっすぐになっているのだ。

昨日はこれなかったのだが、一昨日の外出の時も、まだ口は斜めに傾いていたはずだ。たしかに記念写真のときも、随分良くなっていると思ったが、今日はそれよりもっと良いのだ。

妻の中の何かがガラリと変わったのだ。環境の変化は気持ちを変えた。外出は凄い刺激だった。そしてそれは、自信につながり、さらに前に進む力になった。気持ちのスイッチは、きっとひと眠りしているうちに、脳のシナプスを繋いで、整理して、顔の筋肉を自信のある顔へと変化させた。人間の可能性はどこまでも無限なのだ。

一歩を踏み出すかどうか?は、その時には先が見えないけど、今後の僕らの運命を分ける一歩だったようだ。

今度の土曜日、お優さん、たけちゃん、柴田先生に会える。きっともっと良い顔になるだろう。笑える日も、そう遠くないかもしれない。

でも僕は、1年でも10年でもかまわない。どうせ、日々面白いことが起こる。僕らの人生はそんな風に出来ている。ドラマチックではあるが、次週の予告なんてものはない。

神様はなかなか洒落た演出家である。だいたい予想出来るのだけど、自分たちが出演しているこのステージは、ぶっつけ本番でスリリングだ。いつも予想外の展開が待ち受けている。

これからは月一回は外出したいな。たまプラーザまでは少し遠いけど、春になれば、きんこんデビューしよう!

53才の詩人は、なかなかいいセンスだが、問題はその詩を僕が読み取れないということだ。しばらくは自分の中に詩をストックしておいてもらおう。

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記念日ってこういうことなんだろうな。

今日は外出練習日だったのだけど、天気もよく、あたたかで、最高だと思いながらも、心の片隅では、熱がでているかもなぁ、、、それだと、外出は無理かもしれないな。と思いながら、病院へ向かった。午前中は37.8℃あったそうだけど、担当の看護師さんが、今日は外出だとアイスノンと看護師さんの愛情と気合いで、僕らがついたときは36.9℃となっていた。

すごいな、やっぱり気合いだよね。この状況を知らないまま妻に「あれ?熱あんの?、あれー、ダメかなぁー?」だんて言ったら、すごい顔をして僕をにらんで必死に口を横にした「い」と、口を突き出した「う」を何度も繰り返した。「わかってるって、今日は出かけるよ!大丈夫さ。今日の計画を発表します!色々考えたんだけど、やっぱり家にいこう!家の庭から、桜並木をみよう。そして、来年の桜は、ここで花見をするよ!

さぁ、出発!ついにこの日が来た。まさか、まさか、今年の4月までは外出など、まったく意識もしたことがなかったし、有り得ないことだと思い、考えたことがなかった。宮ぷーに会いにいったのが4月20日だけど、この時にも考えてもいなかった。あのあと、宮ぷーとかっこちゃんが、夏に飛騨高山へロックンロールなドライブを敢行して、これが信じられなかった。あれれれれれれれれ・・・・、なんじゃこれ?この人たち、どこかおかしいのかもな。やり過ぎだよ。・・・・と、思いながら、僕の中の何かにスイッチがはいっちゃった瞬間だった。

あぁ、あれ、僕もしたい。。。あーいうの、大好き。

シンプルにやりたいというスイッチが、素直にまっすぐやってきたので「そうですね。ぼくもそう思います」と
パチリとそのスイッチを飲み込んだ。この日に僕は、スイッチに魂を売ったのだろうと思う。

ロックンロールなスイッチが入ったものだから、それから端座位へ向かう道ははやかった。この端座位は、妻の「座る」という体勢の安定感をつくっていくことになり、首の筋力をアップさせて、微妙な筋肉のコントロールが少しだけ、たぶん普通は評価できないかもしれない程度だけど、事実としてほんの少し、表現を出来るようになっていった。

すごいよなぁ。外出したいと言ったとき、院長先生はすぐに了解してくれた。それは、様々なケースを経験してきた上に、僕を信頼してくれた証だと思う。「病院としての責任は私がもつ、家族の責任は西嶋さんだよ」と、はっきりと、看護師、リハビリ担当、ソーシャルワーカーの前ではっきりと仁義を切ってくれた。

当たり前のことだ。ましてや、何があっても病院に責任なんてない。だって、僕らの希望で、やりたいことを許可してもらっているわけだから。ただ、スタッフ全員がいるところで、スタッフにたいして責任の所在を明確にして、安心をあたえた上で、ぼくらに協力をしっかりするようにという指示は「流石」「天晴」という以外には何もない。ぼくらは、どこまでも幸せであると実感する。

そして、今日は、こんなにいい天気。絶好というのはこういうことを言うのでしょう。
車の中の妻は、往路、復路とも、一度も目を閉じることなく、車の移動を楽しんでいた。
景色を見るというより、運転している息子を見つめ続けていた。

3年9ヶ月ぶりの自宅。家の前の桜並木、どんな思いで見つめたのだろう。
「最近、塀を建替えたんだ。道路面の塀が、地震の影響もあってか、傾いていたのでね。だって、通行人にケガをさせたら危ないだろう?塀だけの作りかえただけだけど、外から見てみると、景色がちがうだろう?まるで新築って、言い過ぎました。築43年です(笑)」・・・などと、妻を家につれてきた。

母が「清美ちゃん、よく来たね。これからは、どんどん外出していらっしゃいね。まずは桜の時期に花見にくるんだよ!」・・・後から聞いて知ったのだけど、母はこの計画を僕が話した夜、妻は家に来た夢をみたそうだ。実は僕は、家ではなくて、多摩御陵に連れて行くつもりでいた。家に帰っても、家の中には入れないし、つまらないと思っていた。

でも、何よりもこの家の前の桜並木、そして、家の庭、母との対面。ここから外出が始まるのが、いいなと思った。ちょっと残念だったのは、長男がインフルエンザになって来れなかったことだけだ。

本当に、いい一日でした。
思っていなかったことを、ある日あるキッカケで思いはじめて、思いつづけることをしていたら、
今日というこの日が生まれた・・・という感覚です。

生きていることは面白い。心の底からそう思う一日が、今日という日だ。

未分類 | 21:52:09 | トラックバック(0) | コメント(3)
外出ライブリハーサル

そう、ライブにはリハーサルが必要だ。
ぶっつけ本番の醍醐味もわかるけど、デビューライブをリハーサルなしでやるアーティストはいないだろう。これは、外出デビューライブである。バーチャルではない。外出ライブは人生そのものである。

最近、詩を書き始めたベッド上のアーティストは今度、日帰り外出を計画している。白雪姫プロジェクトの仲間たちに会いたいと日々、端座位に励んできた。それもあと10日でその日を向かえる。

最近つき合っているミュージシャンが優秀な人ばかりで、ほとんど当日のリハーサルだけで本番をやってしまうのだが、そんな百戦錬磨の彼らだって、新曲が出てくればやはりリハーサルが必要だろう。ましては今度デビューする新人のライブだったらなおさらだ。

この外出デビューライブのマネージメントを取り仕切っている僕は、気持ちだけが先行していて、この大切なリハーサルスケジュールを組んでいなかった。当日のステージの状態、モニターのバランスや、楽器編成、アレンジ確認。デビューステージには不確定要素が満載である。この一つ一つがミスに繋がる可能性があるのだから、やはりリハーサルは必要である。

今回、妻の外出ライブのリハーサルを提案してくれたのは院長先生だった。
今日は3ヶ月に1回あるカンファレンス。前回のカンファレンスで、外出の相談し承認してもらった。そしてその外出予定日の10日前が今回のカンファレンスだったわけですが、そこで「いきなり5〜6時間の外出をするより、2時間程度の外出を練習したらどうですか?」と提案された。実際に車で道路にでれば、渋滞もあるだろうし、車の中での吸引の練習もやったほうがいいだろう。そういう実践を事前に短い状態でも経験するだけで、より安全に本番日を迎えられるというわけだ。

息子にEmergency call!
「緊急召集、緊急召集。1116、病院に集合せよ。1116、病院に集合せよ。繰り返す、緊急召集〜」・・・・「ラジャー!」と返事があり、スピーディーに体勢を作り上げる。病院の外出届けを正確に記入。当日の外出予定タイムスケジュールを担当の看護師さんに外出届けとともに手渡した。看護師さんはすぐに土曜日のスケジュールを計画しはじめて、昼ご飯をいつもより15分早くスタートさせるように調整した。こうやって、土曜日のリハーサルスケジュールは綿密にくみ上げられて行く。本人移動に携わるミュージシャンのブッキング、スタジオの調整、などなど、速やかに調整されていく。

・・・・いいな、この感じ。ライブ本番にむけて気持ちが盛り上がる!

そして10日後には、たけちゃん&柴田先生のステージへと向かう。そしてそして、将来は宮ぷーのように、ライブ会場をステップアップさせて行って、その未来にはきっと武道館でのライブが待っている。ベッドサイドでずっと眺めてきたけど、ついにベッドをちょいとだけ離れる時がきた。本当にすごいことだ。

この文章、、、、何も知らない人がよんだら、意味不明だろうな。ごめんなさい。

未分類 | 18:18:03 | トラックバック(0) | コメント(2)
じゃんじゃん座って金メダル!

先日のNHK杯のフィギュア女子フリーを観戦中です。

今日は、短いけどもう端座位を先にやった。外が寒いから、やはり体温も低めだ。夜になると、もっと下がる可能性があるから、今のうちにやっちゃえというわけだ。妻の顔を見るなりすぐに「ねぇ、先に端座位やっちゃおうか。食後だと、面倒になっちゃうでしょ?それに、今日は寒いしね」<・・・ちょっと微妙な顔・・・、でもしばらくして、しょうがないなという感じで承諾・・・>「だろ?、そ、先にやったほうがいいさ。そうそう、とっとと座っちゃおうね。」という具合に、座らせたら、すぐにネブライザーの時間だということで、今日はたった10分で端座位は終了した。

それからフィギュア観戦となるのだが、ネブライザーのあとは痰がよくでます。さっき吸引したばかりなのに、またゴロゴロしている。また吸引したほうがいいか?もう少しあとにしようか?何度もやるのは苦しいだろうし、体力も消耗するだろう。しかし、吸引したほうがいいかもしれないし、さてさて、どうしたものか?

じゃぁ、本人に確認してみようと、かっこちゃんに教えてもらった、目の上下でのYes, Noを試した。妻の右側に立って、人差し指をたてて、左手は妻の目の少し上側、右手は下側にして、「今すぐ吸引したいなら下(僕の右手)をみて、後にするなら上(左手)を見て」とルールを説明した。そうすると、上(僕の左手)の人差し指をはっきりと2回つづけて見た!

これは確実な方法だ。口はうまく動かせないこともあったり、まばたきは曖昧だったりする。この方法は、はっきりと意識的である。これはいい!過去にも数回うまくいったことはあるけど、なんというかレベルがちがうのだ。はっきりと、意識的に返事をするために、上を見たということがわかる。本当に日に日に、レベルアップしている。それもこれも、間違いなく端座位をはじめてからだ。

本当に下成サトコさんありがとう。そこで、出会えたかっこちゃん、宮ぷーに勇気をいただき、そのまま座りはじめたことが、すべてのスタートだった。この返事のしかたも、なんども定期的にやってきたけど、なかなかはっきりとした結果は出ていなかった。端座位をやるようになって、最近、たまに僕の顔を見上げるときがあった。こんな目の動きはつい最近、数回経験していて、先日、下成さんと純子さんがやってきたときにも、車椅子にのっているときにその目つきを発見した。目の可動領域が広くなっているのだと、この時にはっきりと感じた。それで、今日、久しぶりにYes, No,をためしてみたらバッチリというわけだ!

いやぁ、すごいすごい、すごぉーい!!端座位は嘘つかない。どんどん座ろう!

今年の3月24日(日)にかっこちゃんの講演で、座ることの重要性を聞き、それが心に染み込むように印象にのこった。ぜったいすぐに座らせたいと、車椅子にのせ、妻の背中に帯をまわして、首がグラグラするから、両手でさせえて背中を背もたれからうかせて、座らせるというところからスタートした。3月28日のブログに写真がのっているけど、この時は手で首をささえている。

しかし、1ヶ月もしないうちに、首に力が出て来て、この帯はすぐに必要なくなった。そう言えば、病院の引き出しにはいったままだ。今日、もって帰ろう。今日の端座位のときも、少し上むきに首をセットするとそのポジションで自力で首をささえている。そのままほっておくと、自分で微妙に首をうごかして、色々な角度をトライしている。首をすこし立ててみると、ある角度まではうまくキープできるけど、やっぱり前に倒れてしまうのだが、その倒れ方がスムーズになった。なんというか、前はガクンッ!となるのだけど、その後、カクン、となって、いまは少しスローにブレーキがはいってカクンと着地するイメージだ。首の筋肉にコントロール機能が少し加わったというわけだ。

このコントロール機能が、きっと目の動きにも、手の動きにもつながってきていて、全体的に良くなって来たのが、まさに今の状態だろう。毎日続ける事の大切さ。座ることの大切さをつくづく感じている。この平和な普通の、一見なにも変化がないような日が、半年前を振返ると、あれ?なんか前に進んでいたのね・・・となる。座っているだけなのに、前にすすむ不思議(笑)

気がつけば、DVDは表彰式のシーンになっている。盛り上がっただろうな。
金メダルはいいよね。

さぁ明日からも、じゃんじゃん座わって金メダルを目指そう!


未分類 | 18:12:21 | トラックバック(0) | コメント(3)
体当たり青空歌姫 野外ステージ


今年の3月に白雪姫プロジェクトの講演会に誘ってくれたのは、歌手の下成佐登子だった。不思議なものだとで思う。あの時、彼女とはたぶん20年ぶりだ。

たぶん26年前、彼女のレコーディングを担当したことがある。それからの付き合いで、ある歌手のライブツアーにコーラスとして参加してもらった。それからもう20年が経つ。

Facebookから20年ぶりにヒョイと現れたこの人は、ぼくを白雪姫プロジェクトのイベントに連れて行った。

運命の分かれ道とは、このように進むものだと思う。こういう役目を担ってくれる人が、僕の人生には何故かいつもヒョイと現れることになっている。

そして作詞家の純子さん。この人は、作詞家としてのデビュー作を僕が担当した。あれは300年程前の石器時代のことだったように記憶している。そんな二人が一緒に遊びに来てくれた。

ねー下成、今日のコンサートでは何歌ってくれるの?
え?
あれ?今日は野外ライブやらないの?
あー、今朝、洗濯物を干しながら、歌詞カード用意した方がいいかなとは、チラッと思ったんだけど、、、
へー、思ったんだ。じゃ、ヨロシク!

二人は野外ステージに現れた。観客は妻と僕のふたりだ。大歓声の中、ユーミンの歌を披露してくれた。何とも楽しそうに歌ってくれる女性デュオ。ユニット名は、たぶん、体当たり青空歌姫だ。
姫とは高貴な方の息女と言う意味で、特に年齢制限はない。

妻も楽しそうに歌を聴いていた。2人は妻にスタバのカードをプレゼントしてくれた。これで、妻は僕から、3滴300円、1滴100円だなとか、うるさい文句を言われることもなく、心おきなくスタバのコーヒーを楽しめる。

楽しいひと時を、仲間と過ごせる日がやってきた。今度は、お優さん、たけちゃんや、柴田先生に会いに行こう。


未分類 | 20:28:49 | トラックバック(0) | コメント(0)
ヤリキル気合いの底力

ただ妻のことに関連したことを書いているだけで、なんでこんなに毎日書く事があるのか?面白いものだ。そうそう、昨日は「新・食わず嫌い」を見てご機嫌で、端座位を3日ぶりにとってくれた。なんとなく、今日もだめなのかな?・・・なんて、気弱になっていたんだけど、一応聞いてみようと「ねぇ、どっちでもいいけどさ、一応聞くよ。端座位やる?」<やる>「え?、やるの?なんだ、やるんだぁ。ははは。いいね。じゃ、やろうね。」・・・という具合で、伝達がスピーディーに明確になってきた。すごいな。

このyesかnoかというのは、日本人はやんわりとやってきたし、どうも分かりにくい表現をしがちだけど、妻は明快にこれを使い始めた。あやふやな気持ちでは伝わらない。はっきりと伝えようと、決意したのだろう。

今日は病院に到着するとベッドにいなかった。あぁ、月に一度のイベントの日だな。今日は何の日なんだろうな?・・・と思いながら、コーヒー片手にデイルームに向かった。イベントは14時からで、まだ始まっていなかった。今日のテーマは文化祭だ。

演目は、歌(故郷)、体操、そして今日の目玉は「西遊記」だった。
ふるさとは、良い歌だな。日本人ならだれしも心癒されるものがある。そう言えばこの歌、小学生のころ「ふーん、この歌が生まれた地域では、兎をたべるんだな。美味しいんだね。」って思っていた。兔追いしかの山、小鮒つりしかの川♪である。ウサギの次に魚をつるのだ。これは確実にそうだと思った。そんなことを思い出しながら、歌を歌った。

とにかく今日はあっぱれであった。「西遊記」この劇団病院職員の気迫と根性。
衣装さん、美術さん、脚本、ナレーションが居て、
役者:は8名
おじいさん、おばあさん、その娘(これがオカマの設定で、男がやっている)、
悪者の金かく、銀かく、という鬼、
三蔵法師、孫悟空、猪八戒。沙悟浄、である。

ストーリーは、鬼が娘を奪い連れていってしまう。そこに通りかかった三蔵法師一行に、じーさん、ばーさんは、助けを求める。三蔵法師は助けてやれと悟空たちに指示をするが、しかし、悟空はじめ、他のメンバーもめんどくさいからいやだという。そこで、じーさんは、うちの娘は美人だぞと孫悟空に耳打ちをする。アイドル好きの沙悟浄にはアイドル写真を渡す。ダイエット中の猪八戒には、ポテトチップをあげる。俄然やる気をだす一行。そして鬼との対決。もちろん娘は無事救出される。しかし、悟空が「なんだよ、これが美人か?どうみても化粧している男じゃねーか」となる。でも、めでたしめでたし。・・・という脚本である。

この、ショートショートの落としどころがどこなのか分からない難解な脚本であるが、それをパーフェクトにカバーしていたのは、役者のみなさんの根性とメイクである。これはすごかった。絵の具、サインペン、を駆使し、男性も女性もフルメイク、ある意味特殊メイクで臨むのだ。

もうその姿をみただけで、お客さんであるこちらはやられてしまう。

どんな場面でも、気合いと根性、そして人前に出たら、何が会ってもヤリキルという精神性に感銘をふけた。写真をとってもいい言われたが、あまりの迫力にとれなかった(笑)これは言葉で伝える範囲にして、イメージを広げてもらったほうがいいはずだ。その場の和気あいあいとした和やかで、いい空気感が写真だけではわからない。そこにあのすごいメイクだけが、限定的に切り取られると、どんな言葉を書いても、きっとそう思えないだろう。そのくらいすごいメイクだった(笑)
いい病院だな。天晴。

そんなひと時をすごして、外に出た。寒いけど、気持ちがいい。枯葉は少し淋しさを演出するけど、二人で公園で、こうやって紅葉を楽しめる日がこんなに早くくるとは思わなかったねと話した。それから15分程度、久しぶりにホ・オポノポノの本を朗読した。オデコに手をやると、身体が冷え始めている。やばいやばい、そろそろベッドに戻ろう。もう車椅子には1時間半ほど乗っている。

レレベーターの中で、「今日は昨日やった女子フィギュアのショートプログラムのDVDを持って来た。真央ちゃん出てるけど見る?」<「み」「る」>とこれも即答だ。妻が唯一できる口の形が、「い」と横に口を開き、「うー」ち唇を突き出すあれだ。これは色々と応用がきいて、もちろん「い」「う」は「み」「る」と読みとれるのだ。

でもこの口の動きは、相当パワーが必要なようで、一日に1回やれるかどうかなんだけど、そこはさすがに真央ちゃん好きだ。しっかりと、それも2回つづけて「み」「る」「み」「る」とやった。すごい意思表示だ。

DVDもよく目をあけて見ている。いい一日だったね。気がついたらDVDの画面には、真央ちゃんのインタビューの場面になっていた。僕は見ていないから、他に誰がでていて順位がどうなのかしらないけど、今日の夜、フリーの放送があるから、それを見てみよう。

今日は、車椅子にもずいぶんのった。DVDも良く見た。体温は35.7℃とちょっと低い。今日はこのくらいにしておきましょう。明日はゲストがやってくる。妻は人気者だ。


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電光石火の視線〜ウソとホラについての考察
今日は、まずパンくんからスタートした。そうです、志村どうぶつ園ですね。これは妻の定番で、剣心より好きかもしれません。DVDには「志村どうぶつ園」「ドクターX(2週前)」「ドクターX(1週前)」そして、とんねるずの「新・食わず嫌い王決定戦」が録画されている。

志村どうぶつ園をご機嫌に見ているので、ほっときながら僕は別の作業をしていた。あっというまに番組は終わって、ドクターXが始まっていた。僕が「あっ、いけね。でも、これも面白いし、このままでいいか」と思いながら、一応、妻の視界にはいるところまで移動したら、すごい目つきが飛んできた。突き刺さるようなその視線の意味。そう、それは<あなた、食わず嫌いって言ってたでしょ?早くそっちにして、誰なの?とにかく、早く!>・・・・と、すごい勢いで言葉のイメージが僕の頭の中を電光石火で駆け抜ける。

電光石火の視線である。こんなの初めてだ。この人、そのうちエックスメンみたいな能力が備わってしまうのではないだろうか?とにかく、最近の妻は、端座位はやらないけど、意思表示がすごい。

「あー、そうそう、、、そうね、覚えてたの?」<・・・じーっと僕を鋭く見つめる眼差し・・・>
「え、はい。そうですね。これね、メニュー画面がないんだよ。だから、このプレイヤーではね、これを長押しすると、次のチャプターに飛ぶでしょ、これを繰り返して・・・っっと。。。」<・・・じーっと見つめる妻・・・>「あー、だから、今やってんじゃんか。ホラホラ、来た来た!これだよ、コレ!」<・・・わかれば、よろしい・・・>

・・・そんなムードで、新・食わず嫌いを余裕の表情で、冷静に眺めている。
これ、僕も昨日見たけど、相当面白かった。全部が仕込まれているとしても、それでも面白いと思う。偽装とエンターテイメントとの差はどこだ?・・・それは、ウソとホラの狭間になると思った。

ウソは葛飾の公園を四万十と言う事や、トビウオの卵をキャビアと呼ぶこと。これはウソ。
ホラは誰も傷つけないのがホラじゃないかな。あるタレントさんから聞いた話しだけど、その人は小さい時にお父さんから、オタマジャクチは大きくなると杉の木になると教わっていたそうだ。ずーっと信じていて、小学生になって、オタマジャクシを家で飼っていたら、足が生えたので心の底から驚いたそうだ。これは壮大なホラの一種だろう。すげぇなこのオヤジ。そういえば昔、ジョージ秋山のほらふきドンドンというまんががあったなぁ。どんなのか、あまりよく覚えていないけど、おおらかな時代だったんだろうと思う。ウソつきは昔もいたのだろうけど、今のウソは、経済に裏付けされて、集団で了解の上になりたっているところが恐いな。どちらにしても、真ん中に正直がないと、ホラもふけないということだ。

さて、今日はこのお嬢さん。端座位をとってくれるのだろうか?
食わず嫌いはまだ続く。。。。

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連ちゃんOH NO 焼きそばNO NO NO


今日は、学生をお休みして講師の日。90分授業を二回やるのですが、やりたいことが90分にはおさまりきれない。無理やり押し込んでも、きっとうまく伝わらないから、また次週となる。今日は冒頭に、偽装食材と偽装撮影の話しをした。話しはちょっと飛ぶ。デジタルというのは得意技がある。それは、コピーすることだ。デジタルはコピーがとてもお得意である。それと、なんでもお手軽に扱えるようになる。

便利はいいことだ。でも、手軽で便利で、まぁ、このくらいいいんじゃない?・・・という感覚の麻痺が、この偽装の一つではないのか?もちろん、大きな背景には、すべて経済がある。利益追求主義がそうさせるということは前提であるが、この手軽さ、このくらいという感覚麻痺。。。これはとても恐い。

君たちが親になったとき、子供に食べさせる食事がどれだけ安全か?は、自分たちがまずは正しくなくてはならない。ということだという、そんなことから始めた。音楽以前に人間としてのあり方が大切だと思ったからだ。

授業が終わってから、病院へ向かう。妻は今日も調子がいいというか、、、まあ、いい。
夕方だったので、もうすぐ食事になる。でもまだ少し時間があるから、端座位をやりたかった。
昨日、却下されてしまったので、端座位を早めにやっつけようと思った。
「ねぇ、今日はやるでしょ?」<・・・・>「いや、端座位さ、座るよね?」<NO>「ぇえ”〜〜〜、うそー。今日も座らないの?何故、どうして?Why What?」<NO/キッパリ>

わからない。こんなこと、今までに一度もなかった。どうしてなんだろう?あぁ、こんな時に、柴田先生が一家に一台、いや、そんな贅沢はいわない。各病院に一人いれないいのになぁ。。。もしくは、お優さんか。。。
相変わらず僕はダメだ。筆談も、きっかけもわからない。

でも、このはっきりした意思表示はうれしい。NOは残念だけど、意思表示はすごいことだし、それをがんばって伝えてくれていることが嬉しい。複雑だな、、、嬉しいと残念が同居した感覚・・・こんなの初めてだ(笑)

まぁいい。常に先に進めば良い。では、DVD観賞にしましょうね。今日は、先日録画しておいたカナダ大会のフィギュアスケートをもってきたよ。見るでしょ?<Yes>・・・だよねー、だよねー、大好きだもんねー。すごいなぁ、はっきりした女だな。いつから、そんなにはっきりしていったっけ?

ということで、3時間近くあるDVDを見る事にした。
僕は昨日カップヌードルだったのですが、お湯がぬるいので、今日はカップ焼きそばにした。焼きそばなら問題ないだろうと思ったからだ。しかし、人生は甘くない。というか、僕が甘々だった。

こんなこと、もっと普通に早く気づくべきだ。現実から目をそらしてはいけない。ヌードルだって、焼きそばだって、カップものには必ず「熱湯」が必要だ。そもそもカップに「熱湯3分」と明記してある。書いてあるじゃないか!それを無視する方が悪い。

でも僕は後悔はしない。でもでも、反省はするべきだ。僕は未来に向かって決めた。病院でカップヌードルも、カップ焼きそばは食べないことにする。はっきりと言おう。ぬるいお湯で調理したカップ焼きそばは、まずい。正直に失敗を認めて、反省をして、未来へと向かおう。

これは、メーカーの問題ではない。なので、商品名、メーカーについての情報は公開しないが、まちがった調理方法ではどんな商品だってまずいだろう。

そんな反省をともないながら、またもやあっという間に2時間半が経過した。そろそろかなーって、DVDプレーヤーの画面を覗き込むと、妻がぼくを<ジロリ>と睨んだ。これは訳すると<ダメよ!今ちょうどいいところなの。ほら、画面見ればわかるでしょ?ほーら>・・・と、アゴで画面をさした。

あー、鈴木明子がもう少しだね。そうだね、これ今からがクライマックスだね。わかったよ。<よろしい>・・・といった具合である。

複雑な気持ちは続く、このアゴで使われる感じ。普通なら失礼なやり方であるが、事情が事情だけに、ぼくにとっては嬉しい表現となる。何も出来ないはずの妻が、僕に意思伝達をしてくれているのだ!!これ以上うれしい話しはない。アゴでこき使われる喜び・・・これちょっと危ない表現だけど(笑)事実である。

というわけで、3時間弱、無事に今日もDVDを見れた。めでたい。
もう一度確認しよう。「鈴木明子さん2位、おめでとう!よかったね。じゃぁ、端座位やろうか?」<NO>・・・・OH NOである。なんでだろーなんでだろー?

何か、事情があるのだろう。お尻にオデキができて、座ると痛いとか。。。かな。。。。よくわからないけど。意思表示はうれしい。ぬるい焼きそばはまずい。でも、端座位はもっとやってほしい。でもやらない真意がわからない。

人生はむずかしい。難しいから楽しいのだろう。明日は、YES YES YESってなりたいな。
どうだろうな。2日間連続でのNO・・・こんなの初めて。でも、こんなにはっきりした意思表示もはじめて。
うれしいような、残念なような。。。。なんとも、複雑な感じでした。

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剣心とカップヌードル
意思表示はしっかりしている。
たとえば、今日のコーヒーはスタバで、いつもより深入りの香りの強いコーヒーにした。
でもミルクはいらないとはっきりとしている。数滴、口にしたあともブラックでいいという。
へー、どんどん表現がはっきりしてきていると感じる。

妻は食事中は、今日も剣心である。彼がホストをやっていたら、毎日通われたかもしれない。そうしたらきっと僕は破産していただろう、、などと考えながら、妻の食事中、ぼくもカップヌードルを食べる。美味しいんだけど、ひとつ残念なのは、お茶入れ用の自動給湯器のお湯の温度がちと低い。熱湯ならもっとうまいのにと思うが、まぁしかたない。

食事も終わり、休憩もとって、さて仕上げの端座位と思い、全部片付ける。
「端座位だよ。やるでしょ?」
<NO>・・・と、はっきり首を横にふる。
「えっ?、嘘だろ・・・。端座位だよ。やるでしょ?」
<NO>
「がーん、まじ。本当にやらないの?」
<NO>
あれー、へんだなー。こんなことないのになぁ。・・・とオデコに手をあてると低体温だ。
あぁ、これだな。体温が下がって、食後で胃に血液があつまっているから、身体を起こしたくない状態なんだな。まぁいいや。
「じゃぁ、また剣心のちがうの見る?」
<うー>・・・すごい、こんなにはっきりしたyesはなかなかない。
反応が早い。起きたくはないけど、剣心は見たい。

そうかそうか、それならそうしましょう。
DVDセットをもう一度セッティングし直して、剣心を見る。
体温は高くても、低くても大変だな。
今度、外出の時は、丹前をもってこよう。

しっかりと楽しそうに見ているから、まぁ、いいや。
こんな日があってもいいと思う。それにしても、あいつがホストやってなくてよかった。
・・・っと思ったら、ウトウトしはじめた。
これなら、通いつめるほどじゃないかもな。

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東へ西へ
今日って、お休みだったのですね。先日の台風の振替授業で、今日は朝から学生をやってから病院へ向かうと、妻の親友のまやちん夫婦が来てくれて、賑やかな端座位特訓となった。

かっこちゃん仕込みの端座位は、もう随分なれているから、スイスイ座ってもらうわけだけど、病院でケアスタッフとして働いているまやちんは、何か手伝うことある?とか、うるさい(笑)

もちろん僕は「ない」と一言だけ答える。

代々木のお店のママのことや、今度の外出のことやら、星野富弘さんの詩の話やら、会話しながらワイワイガヤガヤとあっと言う間の30分端座位特訓は終わった。

いゃあ、楽しい(笑)
何時ものグイグイマッサージ付きの端座位は、妻は気持ちが良いのか?どうかわ知らないけど、結果としてはヘトヘトであることは、表情からわかる。

やるだけやって!最後の仕上げは、僕の吸引だ。今日もまた「どう?うまくなったっしょ?」と聞いてみる。表情は少し柔らかくなった。合格ラインにはまだ到達してないが、まぁまぁかな、、、と理解した。

さて、それですぐ、まやちん夫婦に妻を委ね、僕はさっさとドロンした。

今日の夜は田村亮さんの古事記の朗読とInfinity Arts MUGENのコラボにおじゃました。これごまた素晴らしかった!出雲のはなしとか、天照大御神とか、スサノオとか、岩戸開きとか、断片的にはなんとなく知っているけど、へー、そういう神話なのかぁ、へー、ふーん、なるほどー、と頷いているうちに2時間経っていた。

神話、朗読、それに世界で唯一の音楽。圧倒的だ。凄い威力だな。いつかこのセットを白雪姫に持って来たいな。

きっと、映画をみる以上に、脳内スクリーンは、それぞれの映像を紡ぎ出すことだろう。

今日もまた飲み過ぎた。神話と、音楽と、デザインについて話しながら、気がつけば2合徳利が並んでる。今日の夢が楽しみだ。

やっと駅に着いた。
家についたら、すぐに夢を目指そう。

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アンテナ
今日のコーヒーはもちろんスタバだ。スッキリ味のコーヒーにしておいた。砂糖とミルクももっていくけど、スタバのコーヒーに入れたことは一度もない。今まで、ミルクを入れていたのは、はっきりした理由があったようだ。

端座位はあいかわらず達人だ。これは30分でひきあげた。それから散歩にでた。
散歩は寒かったけど、たくさん布団のようにバスタオルを羽織っていたから大丈夫だと思っていたけど、
オデコをさわったらちょっと早いペースで温度が落ちて行ったから、15分でもう帰ろうと思った。
その時に、久しぶりに病院のお母さんとあった。

僕らの病院にも、お父さんとお母さんがいて、宮ぷーの病院とは役割が反対で、お父さんがベッド、
お母さんは毎日、通う役目だ。お母さんは最近髪の毛を緑色に染めた。少し前まで娘さんがいたけど、ロンドンに帰っちゃったみたいだ。大学の先生をやっているとか、言っていたような気がする。毎年、1ヶ月は帰ってくるらしい。でも、またロンドンに行っちゃった。そんな矢先に、お父さんは昨日から人工呼吸器をつけたそうだ。

誰も居ないの。一人でしょ。とても心細い・・・と、話しかけて来た。
そうですね。心配するなというほうが無理なこと。でも、寒くなったから、まずは自分の身体を休めて、
ちゃんと暖かいものを食べるようにしてねと話しをした。

寒いから、早く病院へ入って・・・というお母さん。
妻もきっとわかっているとおもうから、僕はゆっくりと話しをしはじめた。
たったの5分、ゆっくり話しを聞くだけで、きっと少しだけ楽になる。
妻のことを気にしてくれながらも、淋しさ、心細さ、そして言葉にはしなかったけど、いつという不安を
抱えていることがよくわかった。ぼくは、大丈夫とはいわなかった。

何も知らないのに、言えるわけがない。
でも、くれぐれも、身体を暖かくして、しっかり食事をとってゆっくり休んでと伝えた。

いつも、すぐそこに様々な気持ちがある。
僕は、それをあまり気にしない生活をしてきてしまったように思う。
もっと、となりの人の気持ちをもっと感じることが出来るようになりたいと思った。
必要があるかどうか、そんなことはわからないけど、そんなアンテナがほしいな。
いつも気づくのが遅いんだよ。アンテナ、ほしいな。
もし出来る事ならね。


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