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T.Nishijima

Author:T.Nishijima
2010年2月に妻が脳幹出血で倒れる。2013年3月に白雪姫プロジェクトと出会い、積極的なリハビリアプローチを始めるため、その回復への道のりを記録しようと日記をはじめました。また、このプロジェクトの存在を知ってもらいたいと思っています。
http://www.shirayukihime-project.net/

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妻の言葉と年賀状



4年ぶりになるのかな。
妻が倒れたのは、2010年の2月だったから、2009年に年賀状を準備しているときには、妻の分もプリントは僕が担当して、絵柄がこれはいいとか、悪いとかいいながら、妻の気に入った範囲で決めて、年賀状を作っていた。昨日は深夜まで年賀状の作業をやっていて、その時に思いついた。「そうだ、今日は清美といっしょに年賀状を書こう!」と思い立った。

車椅子にのって、まずは寒いけど、風があまりないので5分だけ日向ぼっこをした。いつもの公演で、いつもの猫が、甘ったるい声でにゃぁ〜と挨拶してくれた。この挨拶も今年はこれで聞き納めだ。明日は僕は高尾山に遊びにいくから、息子が妻のところにはやってくる。外の空気に触れる事は、とてもいいと思う。外は風だけでなく、鳥の鳴き声や、車の音とか、意識すると沢山の情報があるのだ。それらすべてが刺激となる。

しかし、長居は無用だ。さっさと引き上げ、2階のデイルームへと向かい、そこで「清美、じゃじゃーん。来年の年賀状準備を今から行います!」と、午年のレイアウト面を見せた。それから宛先面の、僕と妻の連名の差出人のところを見せた。妻は他界したわけではなかったので、当たり前のことだけど、倒れた翌年から3年間の年賀状は、当然連名で出していた。しかし、そんな当たり前の事だけど、それをしっかりと分かってほしかった。

で、ここに柴田先生かお優さんがいれば、年賀状を妻の言葉でかけるのだけど、いかんせん何もわからない僕は、一応、試してみたけど、やっぱり分からないので、あっさりと指談はやめて、ぼくの「感」一本で勝負することにした。最近、返事はかなりの確度でもどってくる。先ほどまで、ぼーっとしていたけど、エッヘン、どうもこの俺様の考えた年賀状大作戦は気に入ってくれたようだ。

宛先の人を一枚づつ見せながら、この人には、こんなフレーズはどう?
「清美です。どんどん良くなっているから、会いに来てね!!」なんて、いいんじゃない?どう?これでいいよね?<NO〜と横に首をふる>・・・ブブー、ブブー。「なんで?いいじゃん、だって良くなっているのは事実だし、来てくれたら、ぜったい嬉しいでしょ?・・・・あっ、あーね。。。そーね。みなさんの大切な時間を、強要してはいけないものね。そうざんした。失礼しました。それは礼儀ですね。あ、はい、わかりました。」・・・と深く反省をしてから、いくつか例文をあげるけど、なかなかYESが出ない。きっと妻も、言いたいことは沢山あるにに、伝えられないことがもどかしいだろう。「じゃぁさ・・・お元気ですか?私はどんどん良くなっていっています。byきよみ・・・っていうのはどう?」<どーしよーかなー・・・というような目 〜からーの、、、でも、もうこの才能のない旦那さんは、これ以上のフレーズは出てこないわね。この程度じゃぁ、詩はかけないわね。わかったわ。いいわよ。YES!>・・・「あ、ありがとうございますっ!妥協してもらっているのは、十分承知しておりやす。」・・・というような、積極的妥協による、4年ぶりのふたりでの年賀状が、約1時間30分かかって7枚出来上がった!

そのうちの一枚がこれ。この方は、よく来てくださっているので、また会いに来てねでもいいと思うんだけど、それはダメだった(笑)でも、まずは感謝の気持ちだよね。ふーん。感心感心。いい人なんだね、君って。
今は、島倉千代子さんの特番を見ている。これがおわったら、投函しにいこう!


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未分類 | 17:52:42 | トラックバック(0) | コメント(1)

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