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T.Nishijima

Author:T.Nishijima
2010年2月に妻が脳幹出血で倒れる。2013年3月に白雪姫プロジェクトと出会い、積極的なリハビリアプローチを始めるため、その回復への道のりを記録しようと日記をはじめました。また、このプロジェクトの存在を知ってもらいたいと思っています。
http://www.shirayukihime-project.net/

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ベッドサイドからの景色(17)
これまで2010年の手帳のメモを見ながら、なるべく時系列で書いてきましたが、今日でこの手帳のメモからの振返りは終わりになります。妻が倒れてからのこの1年は、次から次へと色々な事がありました。この障害年金申請への道のりも、ご家族は辛い思いをすることがあるのではないかと思います。

<風の行方>

2010年の4月、市役所の障害福祉課へ相談へ行きました。まず実情を伝え、どんな手続きをとるといいか?から始まりました。福祉に携わるセクションだけあって、とても丁寧な対応でした。様々な悩みを抱えた人たちが、毎日相談にくるのですから、まずは相手の気持ちをちゃんと聞きながら、「そうですか、それはお若いのに、大変ですね。」などと、相づちを打ちながら相談に乗ってくれました。これは大変な努力だし、ありがたい対応だと感じました。そこで障害者認定についての手続きをして、病院に職員が面接にくるということになりました。そこで、障害レベルを確定する仕組みでした。せっかく市役所まで来たので、僕は「障害年金について教えてもらいたいのですが」と続けて相談をしました。障害福祉課の方は「年金については、保健年金課になりますので、こちらへどうぞ・・・」と、同じフロアーの別セクションへ案内してくれました。

「障害年金の申請について、どのように進めればよいか伺いたいのでお願いします。」
「奥様は初診から1年6ヶ月以上たっていますか?」
「いいえ、今年の2月に倒れたので、まだ2ヶ月です。」
「では、申請できません。」
「いや、あの、、妻は脳幹出血ということで全身麻痺で四肢はまったく動かない状態で・・・」
「脳出血でも回復する可能性があるわけですから、1年半経ってからの申請となります。」
「あの、そういうタイプの脳溢血ではなくて、脳幹出血というのは、お医者さんからも・・・」
「すみません。規定ですので例外はありません。」
「・・・・・」

というような事がありました。保健年金課の女性は、担当として、ルール通りの対応をしただけなのでしょう。この頃の僕は心に余裕がない時期でしたので、がっかりしながらも「これ以上会話してもしょうがないのだな」と力を落として市役所を後にした。同じ事を伝えるにも、伝え方があるだろう。なんというかセンスがない。こういう対応をしている方は、ルール通りやっているのだから問題ない、自分はしっかりと対応していて正しい人間だ・・・と思っている可能性がある。相談にくる人は、心に悩みを抱えていて、疲れた身体に鞭打ちながら相談にくるのだ。相談者は相手されず、投げ捨てられたタバコの吸い殻にでもなったような気持ちになる。問題は、人を傷つけていることに気づいてさえいない事です。出来れば、これについての対応は保健年金課として対応のあり方を考えた方がいいでしょう。しかし、これも現実であるので、申請しても無駄だということはわかったので時期を待つことにしました。

最初の病院の担当医からは、「ショックが強いでしょうから、はっきりした%はお伝えしませんが、西嶋さんの奥さんの脳幹の橋(きょう)部分は50%以上の脳が吹き飛んでしまっています。ここは再生することはありません。なので全身麻痺は治る事ははいと考えていただいた方がよいと思います。」と宣告され、一生四肢は動かないと言われているのだが、障害年金の概念から言うと、手足が切断されている場合や、人口肛門手術を受けた場合、透析を受けて3ヶ月以上経過した場合はすぐ認定されるが、手も足もちゃんとあるのだから、脳幹出血は五体満足の患者というカテゴリーとなるので、症状が固定しないと審査には通らないですよと言われる。また症状固定については、最低でも半年以上時間が経過しないと、お医者さんは診断書を書かないのが常識となっている。だから一年半後までは申請出来ませんよ、と言われます。どうしても、どこか不自然に感じました。

当時の厚生労働大臣のホームページにご意見の受付というのがあったので、そこからメールしてみました。当時の思いを綿々と書き綴り、この障害年金の申請基準の矛盾と、転院しなくてはならないルールについて、患者には様々なケースがある、などを本気で書いているので、相手にとってはけっこう面倒臭いメールになっていたわけですが、翌日、定型文での返信があり、つい笑ってしまった。

「この度はメールにてご意見を頂戴し、誠にありがとうございます。
****(当時の大臣名)の世直しの参考にさせて頂きます。
今後ともご指導いただければ幸いです。」

なんといいますか、当時は切羽詰まっていて、真剣に思いを込めて文章を綿々と書いたのですが、、一番困っている時に、やはりここでもポイと捨てられた気持ちになったものです。もちろん、この大臣もいちいち、メールにちゃんと対応する時間などないのでしょう。きっとスタッフがさっと読んで、大臣には届いていないのだろうと思いました。対応するには、経費もかかりますし、問題は山積みですから、それもわかります。それにしても、すべて同一文章で対応するのであれば、せめて機械的システムでの自動返信にすればいいのになと思いました。自動返信なら「壁」は感じますが、「ポイ」とは感じないだろうにと。

夏が過ぎ、倒れてから半年経った頃、お医者さんも固定症状であると診断書を書いてもらえる時期となった。僕の本心は、実際は固定ではなくて、ここから回復していくと信じているのですが、この制度を利用させてもらうためには、固定したと医者に断言してもらわなくてはならない。まったく、僕の中でも矛盾している作業だった。なので、あまり頭でものを考えたくなかった。それでまた時間が過ぎていった。11月に4回目5つ目の病院に転院し、さて、そろそろ申請してみようか、どうしようか?とソーシャルワーカーに相談してみると、診断書は書けるけど、申請が通るかどうかはわからないということでした。

1年半待つしかないのかな? これは誰に相談しても回答が出ないことなので、気功をして、気持ちを落ち着かせてから易経で占ってみた。2010年の手帳の11月の欄に「山地剥」と書いてある。「剥は、往くところあるに利ろしからず」という本文も手帳に記入してあります。これは時期が来るまで、すべての積極的行動を思い止まれという意味です。なるほど、市役所のセンスのないスタッフに会えた事も、今は動くなというサインだったのだろう。そう考えると、なるほどとなる。僕は直感的に1年を過ぎるまで待ってから申請しようとこの時に決めた。

2011年の2月に今度は年金事務所に相談に行ってみました。妻の状態を説明してみると「申請してみてもいいのではないか」という回答だった。「審査は東京都が行う事なので、申請が通るかどうかはわかりませんが、お話を聞いていると通る可能性は充分にあると思います。」ということでした。「あぁ、センスのある人だ(笑)」と思った。これはGOのサインだ、風が吹いたと思いました。書類をそろえて申請をした結果、審査は通りました。この制度は、審査が通れば、申請した月にもどってスタートとなります。要するに、申請は少しでも早いほうがいい。しかし、審査が通らないとスタートしないし、書類をそろえるにも診断書などお金がかかります。一つ一つ申請には、労力がかかります。この細かい作業は、仕事をしながら、病院へ通いながらやるのがなかなか大変です。

合点がいかない事や、どこに相談しても始まらないことは、たくさんあります。そんな時は自分の潜在意識に問いかけてみるのが一番いい。他人に相談してもみなが困るし、答えてくれても、自分で決めていないとしっかりと腑に落ちない。そんな時は、心を落ち着かせてから目を閉じて風を行方を感じてみることが大切だと思います。
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