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T.Nishijima

Author:T.Nishijima
2010年2月に妻が脳幹出血で倒れる。2013年3月に白雪姫プロジェクトと出会い、積極的なリハビリアプローチを始めるため、その回復への道のりを記録しようと日記をはじめました。また、このプロジェクトの存在を知ってもらいたいと思っています。
http://www.shirayukihime-project.net/

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しみったれ理想論
今日もいつものように「い」「く」で出迎えてくれた。本当に嬉しい。この毎日の感動は、きっと誰にもわからないだろう。「当たり前」ができる喜び、「千分の1」の行動が出来た喜び、疲れちゃって何も出来ないけど<安らかな顔>を見れる「幸せ」・・・数えきれないけど、このタイプの「喜び」や「幸せ」を知っているのは、もしかしたら僕らだけかもしれない。「僕ら」の中には、もちろん妻や宮ぷーや、かっこちゃんや、守本さんご夫妻や、溝呂木さん親子や、柴田先生や、多数いらっしゃるでしょうが、本当にこのことは大切で、多くの方に知らせなくてはいけないことだと思っています。しかし、どこかで「僕らしかわかんないだろうな」という、しみったれた思いがその邪魔をします。

テーマが大きくなりすぎましたが、小さな幸せを書きます。(この表現もダメですね。幸せに、大きいも、小さいもありません!失格)・・・カッコは僕の心の声ですから、気にしないでください。(まぁ、気にしてほしくて、文字にしているんでしょ?)・・・えー、で、えーっと、、、、

今日は、アイスコーヒーのシロップから質問しました。「シロップいる?」・・・目をそらします。でもこれが本当に拒否かどうか?わかりません。「ミルクいる?」・・・これは、目をゆっくりパチリとします。そして、再度訊くと頷きます。すごいですね。本当にスゴイ!で、もう一度「シロップは?」というと、目をそらすのですがパチリとします。これは、たぶん生理的なパチリです。。。文字ですと表現しにくいのですが、現実もどちらかわからないのです。難しい判断ですが、感覚的には波動が伝わってきているので、「あぁ、いらないのだな。」ということは、肌ではわかっています。しかし、こうやって文章にしてみるとよくわかりますが、その理由は僕の感覚でしかありません。要するに、はっきりした理論はないのです。

「ありがとうね。じゃ、コーヒーにミルクはいれるね?シロップはわからないから、入れない事にするぜ」・・・と、話しながら、2滴ほどミルク入りコーヒーをスプーンで口に運びます。半分・・要するに1滴ほどを口い含み、味わっていもらい、「おいしい?」と質問すると、びっくり・・・首をかすかに横にふる。これは、すごいガッカリだ。「えー?、美味しくないの?マジ?美味しいでしょ?」・・・首の横フリである。これも、実は難しいのだ。本当に否定かどうかはわからない。というか、否定するはずはないのだけど、別の何かに対して、否定したかったのだろうと予想する。これが、僕らの現状だ。それを互いに認めて、次の1歩へいこう!その積み重ねしかないのだ。

人生には色々ある。もうそんなことは知っている。ホント?・・・「えーっと、知っている」・・・と少し、歯切れは悪くなる。たしかに、色々難しい。例えば病院システムを作ることで、多くの人が助かる。そのシステムを維持するために、ルールを作る。ルールを守れば、そのルールを効率的に教える教育が生まれる。ここに、弊害は生まれる。人間社会は常に矛盾とのおつきあいだ。すべてが、悪いとは思わない。しかし、善意で構築されているから、これが面倒なことがたくさんある。

しかし、これも全てを直す事は難しいだろうな。であれば、どうすればいい?
僕は、これがとても難しいし、大変だし、でも、とても大切な問題だと感じています。これは、現代の政治も、宗教も、医療も、教育も関係することですが、本当に「相手の立場に立った理解」を理解できればいいなと思います。

現代の<勝ち組になって、利益をあげればいい>といった理論とは、まったく違う、日本人が培ってきたからこそわかる感覚をもっと活かせる方法はないのか?と思います。かっこちゃんが、自由になりたくて靴下を左右ちがうのを選んでいますが、僕は、僕なりにその意味がよくわかります。近々妻の靴下をコーディネイトしてみようかなって思います(笑)
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未分類 | 23:57:17 | トラックバック(0) | コメント(3)
コメント
マバタキの会話は、ほんとうに「感覚」の世界ですね。
私は父と「受け止める感覚」を研ぎ澄まして会話をしています。
この感覚は、自分ではとても「演劇的」だと思っています。
(演劇業界にいるせいかもしれないけれど)
演劇は相手との感覚のやりとりなのです。もちろんセリフのやりとりが主になりますが、
セリフが同じでもちょっとしたニュアンスの違いを受け止めて、それから発した自分の感覚を相手に返して・・・というキャッチボールです。
この感覚が父との会話にとても似ているように感じています。
Nishijimaさんは演劇をやったら、きっと名優になれるのでは?

善意で構築されたルールなのに、机上の空論だったり、現場では新たな状況が生まれたりと、そのルールが弊害を生んでいることは多いですね。
病棟内では、日々されとの戦いです。゚(゚´Д`゚)゚。


2013-06-06 木 00:53:38 | URL | EKKA [編集]
ものすごく それはもう激しくわかります
小さな仕草や目線での会話、、病棟側で不可思議と思われても
まさに読み取れたり、つながったり、している事。
病院のシステムの中で、精一杯生きなければいけない意識状態の家族が誰でも持つ
望みも、本当に、、。なんか気持ちがリンクしたので、またコメさせて貰いました。
2013-06-06 木 21:08:09 | URL | tomorrow [編集]
ほんとに、今の病院ルールというものは、誰のためのもの?と思います。私自身が病院勤務していますが、患者との温度差を感じます。意識障害を持つ患者は、出来ない、、とだけ評価される。
現在受傷後3か月が過ぎたため、回復リハビリ病院への転院は出来ませんでした。やれば必ず回復する、このまま寝かせていたらますます筋力が衰えることはわかっている。。リハビリ専門の病院へは行けません。こうして寝かされていく人がどれほどいるのか、とあらためて思います・・・。
そんな中、nishijimaさんにヒントを得た、頷きの方法、子供に伝わりました!!頷きました!!
TV見る?コクン。ベット起こす?コクン。やったー!ありがとうございます!!
2013-06-06 木 22:40:34 | URL | かずちゃん [編集]
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