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T.Nishijima

Author:T.Nishijima
2010年2月に妻が脳幹出血で倒れる。2013年3月に白雪姫プロジェクトと出会い、積極的なリハビリアプローチを始めるため、その回復への道のりを記録しようと日記をはじめました。また、このプロジェクトの存在を知ってもらいたいと思っています。
http://www.shirayukihime-project.net/

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木洩れ陽


毎年年末に山を歩く。父が他界した2007年から毎年歩いている。一年を振り返りながら山を歩くのはいいものだ。

昨年は僕が肺炎、肝炎、ぎっくり腰の連続から、復帰したばかりで、普通に歩けるか?を試しながら歩いたっけな。まったく毎年色々なことがある。

妻が倒れた2010年は、もうどこにも行きたくなくなってしまった年だったから、年末くらいは歩こうと、自分のお尻を叩いて山を歩いたっけな。これから、どんな人生をおくろうかと、悩みながら歩いたけど、山の空気と眩しい光は、なんとかなるさといつものように迎え入れてくれた。

2009年の年末は、妻があと45日で倒れることなんて知らずに、ゆっくりと高尾から陣馬高原まで歩いていたら、因幡さんからの電話を山の中でうけたっけな。あの電話で2010年にリリースした35周年記念アルバムの制作を本人から依頼された。当時僕は色々なタレントのファンクラブやグッズ制作の仕事を担当していたから、普通なら制作の仕事など出来ないのだが、なんだか担当させてもらうことになったきっかけは、この時の電話だった。山の中でアルバムの制作依頼を受けるなんて、僕らしいなと澄んだ空気と光の中を意気揚々とあるいていた。

その45日あとには、ドン底に落ちて、ベッドサイドを書いて、そのアルバムに収められることになる。

振り返ると不思議な感じがする。
僕の人生の転換期で、会社を辞めて、妻と寄り添う人生へと舵をきった。それは、様々な方々との出会いをもたらし、人生の新たな価値観を得ることができた。かっこちゃん、お優さん、柴田先生、そして、たけちゃんや、溝呂木さんや、コウヤくんや、数々の心優しい、澄み切った山の空気のような、そんな出会いをいただいた。この出会いは、妻の目覚ましい回復と、繋がっていった。

毎年、少しだけ後ろめたい気持ちで山を歩いたけど、昨日、妻に今日は毎年恒例の山歩きを友達と歩いて来るよと伝えたら、快くまばたきで、行っといでと送り出してくれた。

明日は新年だ。光が差し込む、この木洩れ陽の小径の写真をみせよう。


未分類 | 16:30:39 | トラックバック(0) | コメント(0)
妻の言葉と年賀状



4年ぶりになるのかな。
妻が倒れたのは、2010年の2月だったから、2009年に年賀状を準備しているときには、妻の分もプリントは僕が担当して、絵柄がこれはいいとか、悪いとかいいながら、妻の気に入った範囲で決めて、年賀状を作っていた。昨日は深夜まで年賀状の作業をやっていて、その時に思いついた。「そうだ、今日は清美といっしょに年賀状を書こう!」と思い立った。

車椅子にのって、まずは寒いけど、風があまりないので5分だけ日向ぼっこをした。いつもの公演で、いつもの猫が、甘ったるい声でにゃぁ〜と挨拶してくれた。この挨拶も今年はこれで聞き納めだ。明日は僕は高尾山に遊びにいくから、息子が妻のところにはやってくる。外の空気に触れる事は、とてもいいと思う。外は風だけでなく、鳥の鳴き声や、車の音とか、意識すると沢山の情報があるのだ。それらすべてが刺激となる。

しかし、長居は無用だ。さっさと引き上げ、2階のデイルームへと向かい、そこで「清美、じゃじゃーん。来年の年賀状準備を今から行います!」と、午年のレイアウト面を見せた。それから宛先面の、僕と妻の連名の差出人のところを見せた。妻は他界したわけではなかったので、当たり前のことだけど、倒れた翌年から3年間の年賀状は、当然連名で出していた。しかし、そんな当たり前の事だけど、それをしっかりと分かってほしかった。

で、ここに柴田先生かお優さんがいれば、年賀状を妻の言葉でかけるのだけど、いかんせん何もわからない僕は、一応、試してみたけど、やっぱり分からないので、あっさりと指談はやめて、ぼくの「感」一本で勝負することにした。最近、返事はかなりの確度でもどってくる。先ほどまで、ぼーっとしていたけど、エッヘン、どうもこの俺様の考えた年賀状大作戦は気に入ってくれたようだ。

宛先の人を一枚づつ見せながら、この人には、こんなフレーズはどう?
「清美です。どんどん良くなっているから、会いに来てね!!」なんて、いいんじゃない?どう?これでいいよね?<NO〜と横に首をふる>・・・ブブー、ブブー。「なんで?いいじゃん、だって良くなっているのは事実だし、来てくれたら、ぜったい嬉しいでしょ?・・・・あっ、あーね。。。そーね。みなさんの大切な時間を、強要してはいけないものね。そうざんした。失礼しました。それは礼儀ですね。あ、はい、わかりました。」・・・と深く反省をしてから、いくつか例文をあげるけど、なかなかYESが出ない。きっと妻も、言いたいことは沢山あるにに、伝えられないことがもどかしいだろう。「じゃぁさ・・・お元気ですか?私はどんどん良くなっていっています。byきよみ・・・っていうのはどう?」<どーしよーかなー・・・というような目 〜からーの、、、でも、もうこの才能のない旦那さんは、これ以上のフレーズは出てこないわね。この程度じゃぁ、詩はかけないわね。わかったわ。いいわよ。YES!>・・・「あ、ありがとうございますっ!妥協してもらっているのは、十分承知しておりやす。」・・・というような、積極的妥協による、4年ぶりのふたりでの年賀状が、約1時間30分かかって7枚出来上がった!

そのうちの一枚がこれ。この方は、よく来てくださっているので、また会いに来てねでもいいと思うんだけど、それはダメだった(笑)でも、まずは感謝の気持ちだよね。ふーん。感心感心。いい人なんだね、君って。
今は、島倉千代子さんの特番を見ている。これがおわったら、投函しにいこう!


未分類 | 17:52:42 | トラックバック(0) | コメント(1)
未来への道しるべ
自転車を買った。自転車ってこんなに楽しいのか。さむいけど、日差しの中を走るのは気持ちがいい。アマゾンでポチッとワンクリックで3日前に家に届いていたけど、時間がなくてずっと玄関を自転車が梱包されたまま占領していた。母からも今日客がくるから、それまでにちゃんとしなさいと言われていて、昨夜遅くに荷をほどき、今朝、段ボールの山を片付けた。

片付けたら次は乗る番だということで、近くのお店へカッターの刃を買いにいった。なんとスムーズな、安定した”走り”だろう。なんと快適なのだろう。最近の自転車ってこんなにすごいんだな。

実家に帰ってきたのが約7年前だ。父の他界とともにそのまま30年ぶりに帰ってきた。その時に父が乗っていたポンコツ自転車を直してちょっと乗っていたけど、もう使わないなと思って処分してからたぶん6年たつ。自転車に乗るのはあの時以来だ。あまりにも気持ちいいから、また同じ店にこんどは梱包用のビニールひもを買いにいった。

自転車、とてもいい。たぶん6年ぶりに乗った自転車は、僕の心にもきもちいい風を吹き込み、太陽も祝福してくれた。さて、このまま妻の病院までいこうかと本気で考えていたら、親からピシャリとやめなさいと言われ、そりゃそうだな片道約18キロだ。最近車にのっていると自転車が危ないと感じることが多い。歩いていてもそう思うことがある。きっと僕も知らないうちに、周りの車に迷惑をかけることは間違いないことだ。やめておこうと、車に乗り換えた。

・・・と、妻の顔をみるなり、そんあ自転車を買った話からスタートした。ちゃんと口を「うー」して挨拶してくれた。たぶん<あーそう、そりゃよかったわね。どうせ、三日坊主のくせにまた買い物したのねー。>とでも言っているのだろうと予測できるが、それを解説するのはやめた。どうせこう言っているんでしょ?とか言ってもろ、今のところ僕にはどちらにしてもわからない。謎は謎のままがいい。

途中、ドトールでハニーカフェオレを購入し、食後のカフェオレを楽しんでもらってから「どうする?今日は、車椅子にのるんでしょ?」と聞いてみると、なんか違うようだ。乗るときは、すぐに「うー」するのに、今日はちょっと迷っているようだ。きっと低体温ぎみなのだろう。だけど、きっと座りたいはずだと思い「じゃぁ、今日は端座位をちょいとやって、それからテレビにする?」と方針を変更して聞いてみたら<パチリ=あー、それ、そっちがいいわね>という返事だったので、「はは、かしこまりました」とハニーカフェオレのあとは端座位となった。寒くないように、僕のジャンバーを羽織ってもらい、今日は30分、たっぷりと座ってもらった。

文章では見せられないが、見事な座りっぷりだ。端座位コンテストには必ず入賞できるだろう。そんなコンテストはないけど、、、、、まだ手をはなすと倒れちゃうから、一等賞にはなれないだろうけど、なかなか安定した”座り”を見せてくれる。目指せ一等賞だ。・・・そんなコンテストはないけどね。

たっぷり背中をさすって体温を保ちながら、背筋を伸ばしたり、首やらアゴ下をマッサージしながら、たっぷり座った。妻も目を閉じて疲れたようだから、ベッドにもどり今日はテレビにした。こんな日差しの明るい昼に、車椅子に乗らないなんて珍しいけど、まあ、それもいい。あとは”なんでも鑑定団”でもゆっくり見てもらおう。

っとその前に、ハニーカフェオレのんじゃったから歯磨きだね。歯磨き。・・・と、やってみたらスムーズに歯の裏側までゆっくりと磨かせてくれた。こんなに、長い時間、余裕をもって口を緩めて開ける事は、このレベルという意味でいえば、またもやはじめての体験だった。ほらね、毎日、毎日、色々な項目で、「出来ない」→「出来る」になっているのだ。こうやって、「出来ない」→「出来る」を見つけるのは楽しいものだ。他に、何が出来るようになったのかな。まだまだ、ありそうだな。この一つ一つが、未来への道しるべだ。まだまだ見つかりそうな道しるべ。これなら方向音痴でも、きっと迷うことはない。

未分類 | 19:33:03 | トラックバック(0) | コメント(0)
センチメンタルホスピタル
19時を過ぎて病院の中もグッと温度が下がった。この時期、この時間帯は要注意だ。おでこを触ってみると、妻の体温はあっという間に降下していた。ちょっと気がつかないでいるだけで、低体温に急降下する。とにかく布団をもう一枚かけた。

今日はまたまたビデオ三昧だ。昨日途中だったエキシビジョンと、スケート靴のなんちゃらとかいうドラマを録画してきたので、それを見ていた。どうも面白かったようで、しっかり見入っていた。色々なことをハッキリと楽しめるようになっている。今年のこの変化は素晴らしいとしか言いようがない。妻が楽しそうだと僕はうれしい。どう見ても、うれしそうな顔ではないんだけど、真剣に見入っているってことは面白いということだ。だから、ぼくはうれしい。

幾つかの項目を何度か質問したが、全てにしっかり対応し、返事をくれた。YESは「うー」、もしくはしっかりと意識的な“まばたき”。NOは、首をかすかに横にふる。YESでもNOでも、リアクションがあるだけで僕はうれしい。

安上がりな喜びだけど、しあわせや喜びは、本当はこんなものだろうな。。なんて、おもいながら、一人で気がつけばにやけている。気持ち悪い、じじぃだ(笑)

毎日の端座位はぼくらのデートだけど、こんな日もある。処置や食事タイミングとの関係で端座位がとれなかった。19時をすぎてから、タイミングはやってきたけど、この時間帯は寒すぎるから布団から出せない。今日はやーめた。いいさ、明日すわればいいさ。座りたかったね。

今日はなんだかいつもより病院の中の絶対人数が少ない。交代で休暇に入っているのだろう。いつもありがとう。一年の中できっと5月とお盆と年末年始。いつもいつもありがとうございます。

面会者もいつもより少ないように感じる。寒くなった年の瀬は、なんだかセンチメンタルホスピタル。

未分類 | 22:33:04 | トラックバック(0) | コメント(1)
おおきなノッポの古時計
今日は低体温というほどではないようだ。顔がスッキリしている。低体温か熱があるときは、ぼーっとしている感じがする。なんか元気がないなと思うと、だいたいどちらかであることが多い。今日はスッキリさんだ。「ハイ!どう?端座位やる?」といきなり顔をのぞきこんだら、<うー>と唇をつきだしてYesの意思表示!とても自然に返事が返ってきた。

この<うー>は大変なはずなのに、レスポンスが早い。意識的にやるときは、無理矢理がんばって、がんばってこのフォームをとるのだけど、今日は、質問したらすぐに<うー>した。のっけから嬉しい、楽しい気分にさせてくれる。すぐに端座位をとり今日も20分。身体を冷やしたくないから、背中をさすりながら、昔で言えばタオルやらヘチマで摩擦熱で身体を温めていたアレをやりながら、20分過ごした。本当に楽しい端座位ライフだ。

処置が終わってから、今日はエキシビジョンを見ている。今日はここで演奏していた塩入さんたちと忘年会だ。妻にも、このスケートで演奏しているんだよ!君の曲をつくったり、歌ったりしている人たちは豪華メンバーだね(笑)と端座位をしているときに話したら、僕の目を上目づかいにアイ・コンタクトして返事をした。すごいな、この目の動きも出来るようになったのは、端座位をはじめてからのことだ。この半年で、妻の中ではどれだけの項目が<出来ない>から<出来る>にスイッチが切り替わったことだろう? 外で見ている僕にも、かなり多くの項目を上げることができる。目の動き、口の動き、ゴクンと嚥下、首の動き、詩を書き始めたこと・・・上げればもっともっとある。妻のように、内側から確認できる項目は、それ以上だろう。

忘年会をやっても今年のことは忘れられない一年だ。どちらかと言えば、劇的な変化をもたらした2013年だ。さすがにWeb Schoolでは物覚えの悪い劣等生の僕でも、生涯わすれられない、ずっと覚えている一年になるだろう。

とにかく白雪姫プロジェクトとの出会いがすべてのスタートだった。そう、端座位だ!これからすべてが始まったと思う。このことを知るきっかけは、かっこちゃんの講演会だった。その講演会にずっと前から誘ってくれたのは、下成さん。彼女とはなんとこの時に20年ぶりにあった。不思議なものだ。タイミングがぜんぶそろっている。倒れてから3年がたったときに、妻の身体の中や心の準備もできて、そのタイミングで僕は会社をやめて、色々な方々と出会っていった。そして端座位の毎日をつづけるとともに、妻の回復が目覚ましく進んでいった。なんか不思議な一年だった。アリスワンダーランドのようだ。ティム・バートンの描く世界の中に入ってこれたなら、こんなに素敵なことはない。

夏の宮ぷーたちのドライブに刺激されながらも、まだまだ僕らには関係ないや、他人ごとだなと思っていたのに、いつのまにか気持ちは動いていって、気がつけば11月には“お出かけ白雪姫”を実行していた。実行したら、顔の麻痺のゆがみがなくなっちゃった。

“ぐるん” と、何かが動きはじめた。錆び付いて3年間ピクリともしなかった時計の針が、魔法のように動きはじめたのが2013年という年だ。こんな一年を忘れられるはずがない。
でも、今日は忘年会に行ってきまーす!

未分類 | 17:06:53 | トラックバック(0) | コメント(0)
2013 Magical Mystery Tour
体温34.9℃。外が寒いこともあってか、今日の体温はとても低い。低体温の時は、目があきにくいけど、それでも端座位はやると目で合図した。背中をさすりながら、体温を少しでもキープしながら20分強の端座位。端座位をやりながら、左手をもち、釣り糸をクンクンクンと引くようなイメージで手を動かしていたら、妻からもタイミングをあわせて少し力をいれてくれて、これが面白いループ運動になった。本当に、偶然つかめたのだけど、こういうちょっとしたことが面白い。

かっこちゃんが、脳の病気は諦めなければ、どこまでも、どこまでも治ります・・・と、言っていたけど、端座位をはじめて半年以上たった今、本当にその言葉を思い出す日々です。妻にもこのことは話してあって、一歩づつでも富士山に登れるように、僕らはゆっくりでも、どこまでも、どこまでも登っていくんだよと話しをしながら20分を過ごした。

今日は予定通り、全日本選手権のフィギュア女子フリーだ。低体温のせいか、途中、目をとじてしまっているところもあったけど、村上佳奈子ちゃんのあのガッツポーズは見せたくて、ほらここからすごいぞ、見たほうがいいよ・・と言ったら、あのガッツポーズで目がさめたようだ(笑)そしてそのまま真央ちゃんとなるのだが、真央ちゃんのことは大好きだからか?もう目がパッチリとして覗き込むように、しっかりと見ている。やっぱり好きってことは大切なんだな。集中力もぜんぜんちがうだろう。

僕は妻に体温調節の極意をさずけている。丹田に太陽をイメージするか、月をイメージするかである。もちろん、太陽をイメージすれば暖かくなる。陽の作用だ。そして月をイメージすれば、涼しくなる。陰の作用である。そのほかに、本当は音波導引というのもあるんだけど、これは口の形を意識しながら、長い呼吸をコントロールできないと出来ないから、まだ無理だ。だから、イメージトレーニングで体温調節をトライしてみてほしいとさずけた門外不出の虎の巻である。今は真央ちゃんのインタビューを熱心に見ている。本当に好きなんだなぁ。こんなにDVDを見れる日が来たことを本当に心からうれしく思う。

人は経験しないとわからない動物だ。あるいは比較したりだ。今日、病院にくるバスの中は満員で、老人がたくさん立っていて、中学生がたくさん座席にいた。中には先に入っても、座らずに立っているこもいた。ここらへんはセンスなんだろうな。あるいは、身近におじいちゃん、おばあちゃんがいるかどうかかもしれない。僕も10年前はいつも急いでいて、ゆっくり歩く老人をじゃまだなと思ったことは何回もある。しかし、その実情を知ると、ゆっくりとその道をキープするべきだと思うのだ。何も知らないとじゃまだと思ってしまうのだ。

ユニバーサルデザインやバリアフリーの考え方にのっとった駅などのスロープも、自分に関係がないときには気にしていなかった。父が難病になり、身体が動かなくなっていったときに、あのスロープのありがたさを衝撃的に知った。あの時は、とても恥ずかしい思いだった。今まで意識をしていなかった自分の無知を恥ずかしく思った。こうやって、人間は一つづつ、一歩づつ、知識とともに優しさも手にいれていく。辛い現実の中から、優しさを受け取っていく。

こうしてまさか経験したことのない、絶望から希望を知り、言葉はまだ取り戻せていないけど、その可能性の縁まではたどり着いている。まばたきのリアクションで幸せを感じたりする。障害の中にある幸せを見つけたりするなどという日がやってくるとは思いもしなかった。妻が障害をもってでも生抜くと決めていなければ、気がつくことの出来ないことだ。そんな世界に端座位を切り口にしながら突入したという感じだ。僕は知らないことがありすぎる。しかし、知らないからこんな年齢になっても、まだ未知なことばかりで面白い。先日、ある大先輩から、人生はMagical Mystery Tourだと思えば、この先何が起こるかをワクワクしながら待てる。そんな心境だというメールをいただいた。

今年は、新たな一歩を踏み出せた。しかし、そのすべてが想像のつかないことの連続だった。まさにMagical Mystery Tourだ。来年も、先が見えなくても、とにかくあっちの方へとどんどん歩いていこうっと。

未分類 | 19:21:21 | トラックバック(0) | コメント(0)
2013穴があくほど眺めたり、眠ったり。


今年もずいぶんと、たくさん見ましたね。フィギュアスケートが一番多いかな。それとバレーボールと、SMAPと鶴瓶さんと、志村どうぶつ園と、ドクターXと、・・・たくさん見たなぁ〜。実はまだまだあるんだけど、とりあえず病院から回収したDVDR。今年の頭までは、見てもそんなに長くは集中できなかった。たぶん見てるよなーって思っていたけど、最近は、本当に穴があくほどの集中力だ。昨日見た女子ショートプログラム〜男子フリーは、3時間以上だったけど、まったく集中が途切れることもなく、しっかりとみんなを応援していた(ような顔をしていた)。僕はもう3時間以上だから、ベッドサイドでウトウトしちゃった。妻からなんやら口を突き出して、<おい、ほら、ほーら>と合図があったから、DVDプレーヤーをみたら、案の定終了していた。ようするに<おわってるわよ。今日はもうゆるしてあげるから、片付けて帰りなさい>というわけだ。はーい。そうしまーす。といって、昨日は退散した。3時間以上もしっかりと見て、それでも気をつかって、指示を出す余力があるとはすごいものだ。

どれも、端座位が築いてくれたように思う。この端座位からすべてが前に進んで行った。これらの映像も、そのおかげで大分しっかりと見れたと思う。以前だったら、見ているとすぐ眠ったりしていたように思う。これからも、どんどんDVDを見よう!明日は、女子フリー。そして明後日は、エキシビジョン、メダリスト・オン・アイスだ。このオーケストラは塩入さんさんが率いている。「夢の雫」の作曲者である。この曲、もともとは、塩入さんのオリジナルのピアノ曲で、もともとのタイトルは「ある夏の午后に」という曲だ。このピアノ曲が妻におくりたい言葉とてもピッタリしているメロディーだと感じて、勝手に詩を書いたのがきっかけで「夢の雫」は出来上がった。いつも行き当たりばったりの人生を送っている僕らしい作品の作り方だ。書いているうちに、白井貴子さんの声がうかんできて、連絡をして歌ってもらった。どうせ歌ってもらうなら、塩入さんにピアノを弾いてもらいたいと、あのようなプロジェクトとなった。まったく贅沢な話しだ。

明後日、エキシビジョンを見ながら、オーケストラに注目してもらおう。妻もびっくりするだろう。このオーケストラを率いているのが、妻の曲を作った人なんて、大喜びするだろうな。DVD−Rの話しをしていたのに、また別の場所に着地したようだ。明日、明後日は、しっかり思ったところに着地したいな。

未分類 | 00:05:04 | トラックバック(0) | コメント(0)
妻からのクリスマスプレゼント
昨日は息子の引越だった。ところがこれが大失敗。なんと学生としての授業がある日なのに、それをてっきり忘れてしまっていて、部屋の片付けに集中していた。今日は朝から学校に行くなり謝った。無断欠席である。まったく教えていただいているのに、失礼な話しである。心から反省した。そういえば数十年前、職員室に呼び出されたときの緊張感を思い出して、その感触は少しうれしくもあった。だいたい呼び出されるときには、怒られる時だけど、当たり前ですが怒られることがうれしいのではない。そんな昔の空気のような、記憶の風みたいなものが心の中をサーっと駆け抜けた感触のことだ。「忘れていたことを思い出す」というフレーズはこんなときに使うのかもしれないと思いながら、職員の部屋で「ごめんなさい。すみませんでした。もうしません。」と謝った。

病院へ来てから、そんな僕のヘマ話しをしながら端座位30分コースからはじまった。僕の目をみながら<バカねぇ>と呆れ顔で端座位をつきあってくれた。そんなヘマをやりながら、引越で荷物の移動でまた腰が危ないとかいう話しをしていて端座位を20分くらいしたところで気がついた。「あ、そーだ。今日クリスマスイブだよ。クリスマスイブのデートだね。クリスチャンじゃないけど端座位デート!」なんて、意味不明のことを言っていたらなんと妻がプレゼントしてくれた。妻からのプレゼントとは、想像したこともなかった。

妻のベッドは一番低くしても足がつかない高さだ。かっこちゃんからは、端座位では必ず足の裏は床を意識できるように接地させるべきだと教えられた。妻は尖足だけど、少しづつでも膝を下におしながら、足首を根気強く、時間をかけて柔らかくしていくことは出来ると教えてくれた。でもどうしても床に足がつかない。せめて、足の裏の感触だけでも感じさせてあげたいと、55cmくらいのバランスボールを購入し、空気を2/3程度にして、そこに足をのせることで、足裏を感じてもらうようにしながら、端座位をやっている。

この端座位は、いったいいつからはじめたんだっけ。最初に怒られたときはきっと、宮ぷーのところに行って帰ってきてすぐだろうから、4月の後半だろう。その後、院長先生との面接で許可を正式にとれたのが、5月1日だったから、やりはじめてもう8ヶ月ということになる。ぼくがこれない日もあるし、体調がわるくて出来ない時もあるけど、少なくとも半分は座っているだろうから、120日ほどは座ることが出来ているはずだ。積みかさねというのはすごい。

なんと、両足に力をいれて、立ち上がるふりをしたのだ!!

目の前でおきた動きが、いったいどういう事なのか?一瞬理解できなかった。もちろん、そんなに大きな動きではない。しかし、確実に両足に力がはいり、腰がうくまではいかないけど、腹筋に力が連動して胴体が少しのびるというか、お腹を少し突き出すような形にほんの一瞬だったけど、それを目撃した。

<ねぇ、あんたドジしたって話しでしょ?そんな話しつまらない。それよりこれどう?ほらっ!!>というような、イメージ吹き出しだ。「えぇっ?清美!お前、立ち上がろうとしたの?じぇじぇじぇー!じぇー!(すげー!)」表現が古いかどうかは関係ない。すごいという事実の文字表現だ!文章でも、象形文字でもいいのだ。もちろん、実際に立ち上がれるわけはない、しかし、すごいのは、両足に力が入って、力の方向とタイミングをコントロールしたという事実だ!神経は脳幹で寸断されていて、一生涯、これは回復しないと診断されていた神経が、どういうわけか、微かにつながりが出来て、それを意識的にコントロールしたということだ!

すごすぎる。それも、僕はじぇじぇじぇ、なんて言っているのを見て、<なにそれ、そんなことで驚いているの?ほーら>ともう一度やってくれた。二回目は少し力が弱かったけど、同じことをやった。以前はたまに一発芸という程度の首ふりだったが、最近は、連続技が流行っているらしい。妻もきっと、『忘れていたものを思い出す』ように、筋肉を使ったのだろう。脳と心に風が吹いたはずだ。記憶は理論じゃないのだ。身体のどこかで、その筋肉の動かし方は身体が知っているのだ。能でも心臓でも、身体のどこでもいい。記憶よ蘇れ!どんどん思い出しちゃえ!!

さて、これから全日本フィギュアの女子ショートから見始めるのだ。連続技、大好き!

未分類 | 17:06:11 | トラックバック(0) | コメント(2)
意地悪しているわけじゃない。
昨日、病院へ行ったらクリスマスコンサートをやっていた。そう言えば昨年もやっていたけど、あれはクリスマスだったのだなと思い出した。柱にかくれていてる場所から見たので、しっかりとした編成はわからないけど、たぶんstringsが4421&keyという編成のようだ。

生の音はとてもいい。リハビリルームはフローリングだから、ちょうどいい反響音で目をとじて聴いていたら、いつのまにか眠ってしまった。このような音楽の中で眠るのは、たいへん気持ちがいいものだ。やはりヘッドホンとかイアホンとかじゃなくて、生で聴く音がいちばんだろう。

このコンサートのあと、妻の髪の毛を切った。一人でやったので、とても大変だった。少しパンキッシュな状態となったが、許してもらうしかない。いつも理容師さんにやってもらっているのだが、僕のスケジュールが2月後半まで会わないのだ。さすがに目に髪の毛が入りやすいくらいになってきたので、もう切るしかない。

きっと妻は心の底から嫌がっているはずだ。そもそも髪の毛は伸ばしたい、出来れば腰まで伸ばしたいと言っていた。柴田先生が8月に来てくれた時にも、そう言っていた。その上、そもそも僕との信頼関係がない。僕の「えいやっ!」という生き方にいつも戸惑いを感じながら、振り回されていた妻は、髪の毛を切るのも「えいやっ!」とやるに決まっていると思っているにちがいない。

さすがだな、その通りです。ゆっくり悩みながらやっていたら処置の時間に間に合わない。だからやっぱり僕は「えいやっ!」ってジョキジョキと髪の毛を切っていく。目のまえにバサリ、バサリと落ちる髪の毛の束。きっと声が出るなら「ギャー誰か、助けて!」と叫んでいただろう。しかし、残念ながら気管切開しているために声は出ない。「ふふふ、残念だね。あきらめてもらうしかないな。」と、羊たちの沈黙のアンソニー・ホプキンスのような残酷さで冷徹にジョキリジョキリとハサミは走り出したら止まらない。きっと耳のそばをカットするときのその音は、最悪のサウンドだっただろう。

そんなわけで、処置の時間にまにあうように「えいやっ!」とカットしたら、少しパンクな感じになった。ぼくはそんなのも好きだ。本当はエイリアン3のシガニー・ウィーバーみたいにしてみたいと思ったけど、まずはちょっとだけツンツンパンクでストップした。来年の2月後半には、このパンキッシュなヘアスタイルを一度、まともに揃えてもらうという約束で、妻には許してもらった。

そして今日、ちょっと不機嫌な顔をしている妻を車椅子にのせて、専用ヘアメイクとして髪の毛をといたり、顔をふいたりしていたら、首をぐいーんとまわした。妻は顔をさわれるのは嫌いだ。でも細かい髪の毛がまだのこっていたりしたから、顔をふくのだ。そうすると「いやだ!」とでも言うように首を①ぐいーん、②ぐいーん、③ぐいーん、④ぐいーん、と大きく首を振るように動かした!これは台詞をいれると「いやだ、いやだ、いやだ、いやだ!」である。「すごい!こんなこと出来るの?すっごくいいね!」とつい一人で叫んでしまった。ようするに、首を2往復ぐいーんした。

今までは、出来ても入魂の1回だった。やれたとしても一日1回限定のわざだった。ところがそれが、4回連続だ!すごすぎる。嫌がらせをしているわけではないのだけど、嫌がらせも悪いことだけではないらしい。

未分類 | 19:26:08 | トラックバック(0) | コメント(2)
Voices From The World
今日は講師としての年内ラスト授業だった。講義を終えて資料整理をしていたら、病院にくるのが19時となってしまった。妻はもう僕がこないと思っていただろう。もちろん食後ですでにスヤスヤと眠っていた。「眠たかったらそのまま目を閉じていてね。大丈夫だよ。」<パチリ>と目を覚ました妻は、首を動かして、まばたきをして挨拶をくれた。

挨拶は大切。まばたき一つでこんなにうれしいのだから。

「一応訊くよ。一応だからね。無理はしなくていいよ。では訊きます。、、、端座位、、、やる?」<パチリ>「えー!本当にやるの?」<パチリ>「オーケーオーケー、OK牧場」・・・ということで、端座位を25分程度おこなった。この間、聴いていた曲がこの曲だ。「Voices From The World」 今日の授業で制作過程を細かく分析して解説していった。

http://sidekick-inc.com/VFTW_Jp.html

ゲストにこの作品を作った斉藤英夫さんを招いて授業をおこなった。楽曲の完成までの道のりを、世界から集まった素材をみながら解説していった。オーストラリア、カナダ、ルーマニア、韓国、アメリカ、イタリア、ドイツ、バングラディシュ、トルコ、ウクライナ、アイルランド、イギリス、日本、から参加してくれた「声」の素材を見ながら、この断片がインターネット経由で送られてきたすべてを「愛」の塊ととらえて、音質の良し悪しを超えて作り上げたこの曲は、やると決めた衝動を実行にうつし、情熱を燃やしつづけた結果である。

やると決めたその日から2年9ヶ月をついやした。よく燃え尽きなかったものだ。音楽というものの出来ある原動力、それを確かめるいい機会となると思ってこのプログラムを組んだ。最近はどうしてもすべてが経済でまわっていると感じるが、もともと芸能の起源はそういうものではない。もともとは、心や脳みそがわしづかみにされて、揺り動かされる出来事から生まれた表現である。その根本が忘れられがちになっているのではないか?赤ちゃんがオギャーと表現するようなことと同じ次元で、突き動かされる衝動から音楽は生まれてきたはずだ。

このVoices〜という曲もそうだ。震災直後に作りはじめたこの曲は、完成までに2年9ヶ月かかった。通常のチャリティーソングとはちがい、世界の人たちから届いた日本へのメッセージがきっかけになり、世界からの「声」をあつめたものを音楽として作り上げて、もう一度世界へ発信したいという、斉藤さんの「気持ち」から始まった。これが音楽だ。

「ねー、聞いてる?斉藤さんのこと、知らないよね?話したことあったかな?」<パチリ>「へー、80年代に森川美穂のレコーディングでも演奏してもらったりしていたから、その時に、話しをしたことがあったのかな?」音源を聴かせては、こんな話しをしながら25分。

端座位を終えたらもうぐったりしたようで、すぐに目をとじていた。それでも座る事への執念がしっかり根付いているのは、やはり、座る事の大切さを実感しているからだと思う。とにかく、<座れるときには座ろう!キャンペーン>中だ。このキャンペーンはまだまだ続く。今日はこの世界から集まったVoices たちが、妻の端座位を支えてくれた。

未分類 | 22:33:17 | トラックバック(0) | コメント(0)
体当たりと泣き虫
今日はまず端座位を30分。孫がひとりで立っちできるようになったと、15秒の動画がメールされてきたので、それを見せる。眠そうだったけど、さすがにこれはバッチリ見ていた。端座位を終えて、処置がはいり、そのあとは寂聴さんと野際さんの対談からスタート〜ドクターX、としっかりと見ている。

さきほどお優さんのブログを見ていて思ったのだけど、、、夢の雫の西嶋さん・・・って、ことになっている。かっこちゃんのメールにつかってもらっているときも、この表現が僕の代名詞となっている。会社をやめてから、どこどこの西嶋という表現はつかわなくなった。言うときは正直に無職の西嶋ですと言っている。

この「なになにの誰々」というのは、どこの国もあるのだろうか?日本はとくにこの感覚が強いと思う。「フーテンの寅さん」「風車の弥七」「木枯らし紋次郎」「体当たりのお優さん」・・・と、上げてみると色々ある。これらのネーミングはなかなかいいと思う。会社の人を役職でよんでいるようなセンスの悪いはなしではなく、ちゃんと意味もあって、シャレも効いている。ぼくが「体当たりのお優さん」とピンときたのは、「風車の弥七」からの流れだ。(どんな流れだ(笑))

風車には深い意味がある。風は目にはみえないけど、そこに空気の流れがあることは誰もが知っている。しかし、誰も見ることができない。嵐のような時のことではない、わずかな、わずかな微妙なそよ風をとらえ、風車はやさしく、カラカラカラ・・と回る。目にみえない空気の流れを感じ取り、目に映し出してくれる。それが風車だ。微かな空気の流れのように、なかなか普通は気づかないものさえ、感じ取る、それが忍びの役目、風車の弥七の本性だ。かっこいい。

名前などをニックネームとして、短縮したりするのではなく、逆に長くしてその特徴をつけくわえて、紹介するわけだ。そうすると、あー、あの人ね。。。という効果が生まれる。
本当は弥七は目立ってはいけない役目だから、風車の・・・なんて、覚えられてしまうことは、実は忍びとしては失敗である(笑)もちろん正体(顔)がバレていなければ大丈夫だけど、風車をもっている。本当は、弥七ちゃん、みんなに知ってもらいたかったんだろうね。

それにしても「夢の雫」の・・・は、バランスがへんである。どうも言葉のイメージと太ったおじさんのバランスが悪い。白雪姫プロジェクト以外の人が聞いたら、きっと「ぷっ」って吹き出す可能性がある。でもこの対策は今決めた。「あーそれですか、それは妻のことです。」って言えば、よくわからなくてもそれ以上聞きにくくなるから「あぁ、なるほどね」・・・と、何がなるほどかはわからないまま、なっとくする事になるだろう。妻のイメージに重ねれば悪くないと思う。

もともと、この歌の意味は、3年10ヶ月前から1年間ほどは、毎日、1日に1回は、涙がこみあげてきてしまう、そんな毎日だった。家から駅までの道のりは、毎朝、泣く時間だったようなものだ。
泣きながら、へこたれるな、がんばれ、がんばれ、と駅まで20分の道のりを毎朝歩いていた。

妻が倒れて3〜4ヶ月したころ、疲れはピークにきていたけど、こんなことではダメだなと、このこぼれ落ちる涙は、希望の道へとつながっていると、そう決めて作ったのがこの歌だった。だから、そう考えると、「夢の雫の西嶋さん』は、きれいなイメージだけど、その元々の意味からすると、『泣き虫の西嶋さん』という意味だ。どっちにころんでも恥ずかしいな(笑)

やっぱりかっこいいのは『体当たりのお優さん』だ。「お優さん」と「体当たり」というキーワードはとてもしっくりくる。これはきっとみんな頷いているはずだ。お優さんファミリーにはいろいろな体当たりのメニューがある。「体当たり白雪姫」はもう全員が知っているだろう。しかし、大リーグボールのような秘密の技がいくつか用意されている。「体当たり!お優とアヤヤの、ベッド両側挟み撃ちハーモニーアタック!」とか、「体当たりの赤ちゃん、足下でバタバタアターック!」とか、どちらもメロメロになれる。体当たりの赤ちゃんアターックは、そろそろ重たくて期間限定アターックとなる。経験したい方は、はやいほうがいい。

未分類 | 19:08:32 | トラックバック(0) | コメント(5)
しあわせの近道
今日は端座位を15分。そのあと処置があり、そこからエキシビジョンを2時間みたあとに、ワンスアポンアタイムと、今、瀬戸内寂聴さんと野際陽子さんの対談へと突入している。すごい意欲だ。

端座位は、かっこちゃんにも褒めてもらったけど、座るのがとても上手だ。きっと端座位コンテストがあれば、入賞まちがいなしだ。ほら、またどこかへ脱線しそうになる。今日は前回、本当は僕が書きたかったことはこんなことです・・・ということを書こうと思っているのにすぐ道草をしてしまう。いつも、書きはじめると、自分のセレクトした単語にもう一人の僕が反応してしまって、右にいこうと思っていたのに、左に歩き出してしまって、そのままもどってこれなくなるのです。あのかっこいい詩を書く、大ちゃんの「内側の気持ちと、外側の気持ち」の話しが、なんとなく似ているなと思います。・・・ほら、また別の方向へと歩きはじめた(苦笑)

軌道修正(パシリッ!と両手で両膝を打つ)

先日僕らは『1/4の奇跡』の途中から入場していったのですが、雪絵ちゃんの話しのところでした。雪絵ちゃんの話しは、本でよんだのか?かっこちゃんのメールで知ったのか?もうどこで知ったのかはわからないけれど、とても印象的だったのでよく覚えていた。詩も素敵なのは、あたりまえで、彼女はキラキラと輝いたとても美しい心をもっていて、それは病気がその心をさらに磨き上げていったように感じます。

最近、しあわせとは何か?をよく考えるけど、いつだって僕らは「今」が一番しあわせなんだ。そんなことを思いはじめていたときに、この映画を見て、雪絵ちゃんの言葉を見て、やっぱりなと思った。

柴田先生とはじめてお会いできたのが、5月だった。このときに、妻の言葉をひきだしてもらい「このベッドの上が小さな我が家で、もうどこにもいけなくなったけど、平和な日々・・・」というようなことを言っていた。そして、僕のことをとても気遣っていたり、障害をもって倒れても、そんなにみんなが思っているほど、悪くない・・・とか、すごいことを言っていた。

その上、8月には詩を披露してくれて、その次に柴田先生とあったときには、さらに磨き上げた詩を3編も作り上げていた。限られた文字数の「言葉」の中には、激しいほどの強さと美しさがつまっていた。へんな話しだけど、こうなっていなければ、この経験がなければ、こんな言葉と出会うこともなかっただろう。

僕らは特別な経験をしている。今回の人生は、これを経験するためのものだったのかもしれない。どんなことも、すべてに意味がある。倒れるまでは、すべては準備期間だったのかもしれない。もちろん、出来れば経験したくないことだけど、こうならないと受け取れないものもある。

人間は障害とともに生きていくものだという雪絵ちゃんの発想。老眼、腰痛、物忘れ(笑)すべて、自然なことである。早いか遅いかだけの違いだと言い切る雪絵ちゃんもやはり、炎の心をもっていたのだろう。妻が8月に発表した川柳『よい人生、わるい人生、問うなかれ。ろうそくは、燃え尽きるまで炎なり』・・・かっこよすぎる。

あらら、遂にスースー眠りについたようだ。この対談はまた後日だ。
妻は倒れてからも、僕ら家族をしあわせな気持ちにしてくれる。

未分類 | 19:45:02 | トラックバック(0) | コメント(0)
『1/100』の奇跡
今日は妻のお出かけ白雪姫でした。昨日は目があかなかったから、どうかなぁーって思っていたけど、今日のきよみ晴れは、良平くん晴れでもあり、スムーズにお出かけ白雪姫へと変身。昭島市民会館に到着すると、映画の途中だった。僕は妻には、かっこちゃんの講演会へ行くという話しかしていなかった。映画は全部見れないし、時間的にもむずかしかったから、お優さんが司会で、かっこちゃんの講演会があるとしか伝えてなかった。

到着するなり、お優さんとかっこちゃんがいて、映画みる?ってききながら、もちろん見ると言っているあいだに、お優さんは妻の指をとり、すでに「何の映画なの?」って妻はお優さんに質問をしていた(笑)いいなー。それ、いいなー。って思いながら会場へ入った。

雪絵ちゃんの話の最中だった。白雪姫プロジェクトを知ってから、僕は彼女の詩を覚えていたから、あー、この娘さんかと思いながら見ていた。妻も食い入るように映像を見始めた。途中、吸引が必要になった。廊下にでて吸引をしたのだけど、ゆっくりやっていたら、妻→お優さん経由で、もっとはやくやって!映画にもどりたい!と(笑)

まいっちゃうなぁ、このパワー。となりにお優さんがいると、さらにパワーが倍増する。そして、そのとなりには、かっこちゃんである。黙っていても、力がわいてきてしまうわけだ。すごい2人と、普通のぼくと、障がいをもっている妻だ。みんな1/4づつだけど、2/4がスーパーウーマンであるという普通じゃない環境だ。1/4である妻は新人の駆け出しの詩人である。1/4のスーパーウーマンは出版をしたり、講演会をしたりしている。そしてもう一人の1/4のスーパーウーマンは劇団をかかえ、日本舞踊を踊り、教え、激突白雪姫、いや、突撃だったかな?、なんかちがうな、、あ、ちがった、体当りだ、『体当たり白雪姫』をやりながら、良平君との本を出版し、プロジェクトを広める今日のイベントの仕掛人をしている。すごすぎる。

妻は宮ぷーと同じように、最初は3時間というキーワードもでた。そして3日でほぼアウトという話もされた。90%がそうなるという統計があるから、それを伝えることが義務なのだろう。(けど、内心、ほんとかな?って思ったりもする・・・まー、それはそれとして)そして、10%の生存者の中の、また90%が植物状態で生涯を過ごすことになると言われている。
そういった意味では、宮ぷーも妻も1/10×1/10=1/100の奇跡の人となる。(けど、内心、・・・)

僕がスーパーマンだったら、スーパーウーマンは当たり前となる。そーなると、かっこちゃんもお優さんも、一般の人となる。・・・3/4では奇跡にならないのだ。スーパーはそこらへんのスーパーマーケットのような存在となる。それはそれで楽しそうではある。そこで僕の出番である。ぼくがいるから、この1/4が成り立つのだ。なーんて、そんな勝手なストーリーはどうだろうか?

あー、タイムリミット。かっこちゃんの講演会を聞きに来たのに、最後まで入れないのだ。病院とは17:30にもどることが約束だ。病院のシフト、人員のこともあり、これはどうしても守らないと良くない。僕らだけのために、スタッフのシフトに迷惑をかけるわけにはいかない。あー、かっこちゃんごめんなさい。かっこちゃんの話を聞きに来たのにー、まだ30分あるのに途中で退席し、帰路についた。最後まで聞きたかったなー。

病院到着は17:30ジャストだった。ギリギリ白雪姫だ。

あっという間だった。しかし、この『お出かけ白雪姫』は流行らせたい!ぜったいに違う。刺激は理論ではない。潜在意識に直接働きかけてくれる。そこで出会う人、出会う言葉、出会うすべてが、潜在意識へとダイレクトにアプローチをしてくれる。これは、説明の範囲をこえた治療であり、実際に、効果がでる方法だ。薬は体を治すことはない。症状を緩和させる効力があるかもしれないけど、治すのはいつだって、自分自身の力だ。そこを刺激してくれるのが、『座る事』と『お出かけ白雪姫』だ。

『お出かけ白雪姫』このネーミング、気に入っています。
突撃、炸裂、いや、激突じゃなくて、『体当たり白雪姫』の次は、『お出かけ』だと思う。
なんだか、また良くわからない進行になりました。
内側の気持ちと、外側の気持ちの違いが、ぼくにはよくわかります。

未分類 | 21:40:56 | トラックバック(0) | コメント(9)
汗かきベソかきマーチ
毎日快進撃というわけにはいかない。熱があるわけでもないのに、目があかないときもある。いつもの挨拶もたいへんそうで、目をのぞきこんでみると<ハイ>と小声のイメージでまばたきパチリ。3歩すすんだら2歩さがるのが人生のルールである。

今日は目があかないね。フィギュアスケートの男子を見るつもりだったけど、やめとこうね。それとも見るかい?<パチリ>見るの?<パチリ>へー、その根性はどこからやってくるんだい?(笑)・・・というわけで、羽生君が優勝したフリーを見始めた。だけど、ぜんぜん目はあかない。途中でやめようかとイアホンをとろうとしたら睨まれた(笑)・・・あー、はい。見るんですよね。そうでした。はい。・・・と、たまに薄めをあけて見ては閉じ、見てはウトウトと、、、そう言えばよくテレビをつけっぱなしでうたた寝していた時の感じを楽しんでいるのかもしれない。

どんな事情があるかはしらないけど、こんな日もある。それでも2時間たてば、ビデオは終わった。はい、ちゃんと最後まで見たり聴いたりできたから、よしとしましょう。疲れてるなら早く眠っちゃいなよ。今日はこれでよしです。本番は明日だからね!

なんだか、ここのところ、色々と思う。妻が倒れたことは本当にまいったことだったし、本人はまいったなんてもんじゃなかっただろう。意識があってもそれを理解してもらえない、気かついてみると何もできない、、、それは想像できないほどの大変の連続だったはずだ。しかし、最近の妻は、ベッドの上は平和だという。柴田先生に、もしも先生が倒れても、この生活もそう悪くないですよなどとブラックジョークまで飛ばしたりする。このブラックは僕のせいだ(笑)こういうちょっとしたことが、今のしあわせで、それは格別な感覚だ。

もちろん、そんな幸せならいらない、普通でいいって思うのが当たり前だろうけど、しかし、どうも僕らはこの道を選んで歩いているようにも思う。なんだか、今が当たり前になってきているというか、不思議な毎日だ。たいへんな時期もあるけど、そんな中でも幸せは確かにある。これは経験してみないとわからないことだけど、なかなかおすすめできることでもないし、なんとも難しいけど、すでにこちら側で生きている方は、きっとこういう格別なしあわせを感じている方も多いのだろうと思う。

さーて、明日はいよいよ、お優さんとかっこちゃんに会いに行く日だ!体調次第だから、あまり気合いいれすぎないで、ゆっくり休んでくれればいいのだけど。まぁ、どっちにころんでも良いのだ。行き当たりばったりが僕らには似合っている。それが僕らの人生のようだ。

そして明日もまたもやきよみ晴れだ!

未分類 | 20:45:09 | トラックバック(0) | コメント(0)
はやく明日になーれ!
このブログを見るたび、とても温かい気持ちになります(^^
なーんて、嬉しいコメントをいただいた。ずっとそれから、これってどうしてだろう?って考えていて、実は昨日はこれについて書きたかった。

でも昨日は、なんだか違うベクトルに入り込み、戻れなかった。僕の人生そのものです(笑)

とても嬉しいのです。
3年10ヶ月前は、ヘッチャラ仮面をつけながら、毎日、仮面の下で泣いていました。その本心を仮面に隠していたら、2ヶ月後にはアトピーになった。50歳で初アトピー!

そのヘッチャラ仮面を脱ぎ捨てたのが「夢の雫」、、という訳ですね。もう、隠さないという宣言をした曲でもあります。自分のかっこわるさを出すこととで、きっと妻ではなくて、自分を救おうとしたのではないだろうか?・・と思う。

「ベッドサイド」で本心を語り、それを押し殺しながらへっちゃら仮面をつけて、苦しくて「夢の雫」を書いたのだろうと、今はそう分析する。

しかし、面白いもので、この「どん底」を思い知ったおかげで「今のしあわせ」を実感できる。きっと普通の感覚では幸せではにのだけれど、それを知っているからこそ、実感できる「しあわせ」がある。

今日は、妻のところに行けなかったけど、明日いって、そしてその次は、また大冒険の日だ。ドンガドンガドンガラガッタである。

はやく明日になーれ!毎日の変化がとても楽しみです。

未分類 | 23:57:45 | トラックバック(0) | コメント(4)
今日もぐいーん!
今日、病室に入ると首がやや反対側に向いていたから、声をかけながら顔の前にサムズアップの左手を「オーッス!」って掲げた。そうしたら、首をぐいーーんと僕のほうに向けてくれて、口をうごかしながら、僕の目を睨みつけながら頷いた!「わーお、そんなこと出来るの?毎日すごいなぁ。本当に毎日びっくりするぜ(笑)」<へへへ・・・というようにまばたきパチリ>「くーっ!こんな日がやってきたんだなー、びっくりだよ!」

本当にびっくり。この感じはなかなかわかってもらえないと思うのですが、倒れたその夜に書いた「ベッドサイド」という詩は、まったく飾りのないその時の気持ちを書いてある。久しぶりに聴いてみる。当時は、泣きながら聴いていたけど、今は作品を分析できる(笑)

いや、ひさしぶりに聴いたけど、良く出来ている。僕のどん底の気持ちと詩に、優しさと力強さ、気持ちよ届けと思いながらも、押し付けず、自分の中に押さえ込むように、そしてララバイのようにメロディーをつけてくれた因幡さん。歌声もとても素敵だ。今きくと、あの一発録音のレコーディングの瞬間、その場面を思い出す。

アレンジとピアノは佐藤準さん。今聴き直してみて、当時よりもっとストレートに準さんの作品にこめる思いがピアノのプレイから伝わってきた。イントロは希望の光が差し込むような旋律をやさしく、さりげなく、清らかに作り上げてくれている。そして、因幡さんの声に反応し、ピアノの鍵盤をたたく指先までが音を聴くだけでイメージできる。鍵盤を振り下ろす指とそのときの準さんの感情があわさって、それが音になっている。

当時、僕にとってはサヨナラの歌だった。医者からはそう言われていたので、そのつもりで妻を見送るために泊まった。だからその歌を妻に何度も聴かせるのはどうかな?と思い始めて、生き残ったんだから、次のステップへと続く歌をつくろうと、「夢の雫」は出来上がった。

でも、今「ベッドサイド」を聴いてみると、希望に満ちているように聴こえる。何かがかわったのだ。それは言うまでもない、僕の気持ちである。みんな、妻が生抜けるようにという願いをこめて、曲を作り、歌ってくれた。演奏してくれた。あらためて、うれしいと思う。
この因幡さんのアルバムは、全体を通して僕にとっても自信作なので、ぜひ聴いてみてもらえるとうれしい。
※因幡晃さんの35周年記念アルバム『まん丸の蒼い月』(この中の「ベッドサイド」という曲が妻への曲です)
※「夢の雫」の歌は白井貴子さん。https://www.youtube.com/watch?v=LkroQujetQk これです。

あー、いつも脱線する。
今日、書きたかったことは他にある。
書きながら、思いがどんどん流れ出すから、そのまま書いていると、次の道へと繋がって、もどれなくなっちゃう(笑)
文章もだけど、僕の人生も同じで、思ったほうへと歩いていると遠くへ来ていて、振り向くともう戻れない(笑)
そんな連続で今は、何故かウェブの学校と、音響専門学校の講師という、両方とも夢にも思ったことのないことを、やらせていただきながら、妻の病院へ通っている。

「ベッドサイド」を泣きながら書いたあの夜から、今があるなんて本当に不思議だし、とてもしあわせです。首が動くんです。まばたきで、曖昧だけど返事をしてくれます。口を「うー」とかします。そして毎日2時間もフィギュアスケートのDVDを見ています。「おもしろかった?」って訊くと <うん>・・・って、まばたきをしてくれます。

しあわせって何なのでしょう?僕は毎日、病院へいきます。だいたい3時40分くらいから20時までいます。大変ですねと言われます。大変です。でも、面白いんです。でも、しあわせなんです。「わかるかな〜?わっかんないだろうな〜。」って感じです。

今日、病院をでるときに、妻におつかれさんを言いながら「明日は打ち合わせがはいって来れないから、明後日くるね!そして明々後日は、お優さんとかっこちゃんと会いにいくんだよ!」と部屋を出た。いつも思うのだけど、これって「また来るね!』なのか『行ってきまーす!』なのか、もう自分ではよくわかんない(笑)

結局、しあわせかどうかなんて、自分で決めるんです。で、僕は人からみると、大変な人生なのですが、そうなってしまった僕から見た僕の人生は、ありがたい毎日で、しあわせです。ありがたい・・・って、有り難い・・って書きます。なかなか無い話しです(笑)

未分類 | 22:34:39 | トラックバック(0) | コメント(4)
わーい!どんどん動きが大きくなるー。の巻
なんちゅータイトル。ただの文章、、それも小学生低学年、いや幼稚園用です。ここらへんの表現は、たぶん、かっこ師匠がたまに使ってるから、それがうつっちゃったのでしょう(笑)・・・と、ひとまず、人のせいにしておく。

なにが大きく動いたかというと、今日は”お口”です。今日はスタバのライトな飲みやすいと言われているほうのコーヒーにした。いつも、濃いめのしっかりしたテイストの方なのだけど、たまには少し味をかえてみようと思ったのです。

コーヒーを一口飲んだあと、なんかへんな顔をした。熱い?いや、そんなはずないよなぁ。バスと徒歩で30分近くたっているから、ぬるいもんな。・・・と思っていたら、すごい大きく口をうごかして「お、い、しー」ってやってくれた!

やったー!わーい。すごいぞ!すごい!いいね、いいね!!・・・と、一人ではしゃぎながら、妻の顔にむけて、両手でサムズアップした!!<ふふん>と何気に誇らしそうな顔に見えるのは、こちらの勝手な思い込みかもしれない(笑)

やっぱりお出かけ効果は抜群だ。コーヒーのあと、端座位を20分したけど、やはり安定感がある。なんというか、座りのプロとでもいいますか、とても安心感のある座り方をする。首をグリグリやりながら、アゴの下やら、耳の下のあたりやらをマッサージするのだけれど、今日はいつも以上に筋肉が柔らかい。心身ともにとてもリラックスできている状態だ。

もしも座りのプロの大会があったら、きっと高得点をマーク出来るだろう。きっとショートプログラムの規定はバッチリで、その柔らかな表情をともなった表現は、総合芸術点を押し上げてくれるだろう。

さてさて、昨日は、少しテレビを見ながらマッサージ30分コースだけだったので、今日はたっぷりフィギュアスケートだ。今週末のお優さんのところへ行くのが楽しみだ!かっこちゃんとも会える。端座位をしながら、今週末楽しみだねと話しをした。金沢へ宮ぷーへ会いに行ったのが、この端座位に繋がったのだ。すべては座る事からはじまった。それが、外出へと繋がった。

チーム宮ぷーのあの無謀とも思える、飛騨高山へのドライブの衝撃から、少し意識しはじめたけど、まさか年内に自分たちがドライブ出来るとは思わなかった。思考は実現する。思わなかったら起こらない。無理と思ったら、無理が現れる。出来るかもと思ったら、出来ちゃった(笑)

未分類 | 17:07:24 | トラックバック(0) | コメント(2)
穏やかな表情
今日は僕の顔をみると、ぐーっと首を動かして挨拶をくれた。今までだって、きっといつだって挨拶はしてくれていたはずだけど、具体的に相手に伝わる表現としては出来なかったのが、これまでの3年10ヶ月だ。

ところが、最近、お出かけ白雪姫をやってみた頃から、かなり色々なところが動きだした。気持ちと関係があると思う。意識的な気持ちではない、深層にある気持ち、心、のどこかが変化しているのだろう。

こういう動きは、全体におこるみたいだ。手をとったら、ほーらというように、力を入れてみせた。相変わらず連続性はない。でも、1回は3回くらいになって、力のレベル1も3くらいになってきている・・・と、言った具合だ。そのあと足のマッサージをしていたら、これは力のレベルがいきなり5くらいになっていた。膝の屈伸運動をしようとしたら、わざとつっかえ棒のように力を入れてみせた。その力のレベルが5である。小学生の通信簿なら、満点である。

処置がくるまでテレビを見ようか?<パチリ=良きにはからえ>ははっ。ただ今、テレビをつけさせていただきます。おっ、カードがない。すぐ購入してきますので、お待ちください!・・・と、いうテキパキとした運びで、テレビを見始めた。

この顔の表情にも、はっきりとした変化が現れている。何がいいかな?とチャンネルを変えていくのだけど、<あ、これがいい!>という感じの、顔が僕にはわかる。以前は、まったくわからなかった。手や足の筋肉もだけど、顔の筋肉も動き出したのだ。それが、おだやかな顔やら、ちょっと恐い顔やら、色々な表情を見せてくれるようになった。

左目も、まばたきは出来ないけど、眠っているときには、閉じられるようになった。嚥下も以前より格段、意識的に飲み込めるシーンも出て来た。すべてがいっぺんに変化していっているように感じる。

この変化は、きっと妻自身が感じているのだろうと思う。
だから、多少調子が悪くても、座ることについては、前向きである。

でも、今日は今から僕は飲みにいっちゃうから、座れないんだよー(笑)
ビールくんを待たせてしまっているのだ。ごめんちゃい。

未分類 | 16:58:08 | トラックバック(0) | コメント(1)
生きることの本
本を読むのがとても遅いのだけど、この本は、さらに遅くなる。妻とともに読むためにお優さんの本の朗読をしながら、昼下がりを妻と過ごしたのだけど、定期的に声がつまってしまうから、進むスピードはさらに遅くなるのだ。

病気の発症、そして医者からの告知されたときの衝撃など、きっと妻は、乳癌の告知のときのことを思い出していただろうと思う。僕らも何で?どうして?と思い、そこから向き合い、乗り越えてきた。もうだめか?とあきらめたくなるし、諦めたこともある。

あがいても仕方ないと思う事もある。結局僕らは、そのうち、あちらへ行く。。とか、思うこともあった。だからこそ、それはもう考えなくていい項目とした。考える必要がないのだ。心配しなくても、あちらにご厄介になることは決定しているから、項目からはずしていい。そうなると、心配事と、考えることが一つ減る(笑)

僕は3年10ヶ月前、あきらめるという気持ちでもなく、お別れをするつもりで病院に宿泊した。子供たちには悪いけど、僕の連れ添いなので、その時のお別れは、僕が見送りたいから、泊まるのは僕の役目とさせてくれと子供たちに理解をもとめ了解してもらった。これ以上、無理しなくていいと思ったし、楽になってもらいたいとも思った。なので、呼吸器のとりつけは拒否した。

ところがあれから3年10ヶ月たった今、まさかの外出白雪姫である。いやぁ、不思議でならない。妻がたおれたことで、僕の人生も大きくシフトした。これがまた面白いのだ。会社もやめたけど、それが新しい出発になっていると、確かに感じる。生きているという心の底からの実感がある。人生は面白い。

白雪姫プロジェクトとの出会い、お優さんたちとの出会い。仕事でも、声をかけていもらった仕事が講師の仕事で、学生たちとの新たな出会がここにもある。これは音楽業界の未来を担う若者たちとの出会いである。未来と出会っているということを考えるとワクワクする(笑)僕は僕でそんな変化の中で、妻は最近は外出に意欲をもち、言葉を紡ぎだし、詩を伝え始めている。

こうやって、言葉にしてみると、すごすぎる(笑)
文字にしてみると、さらに面白いと感心する(笑)

お優さんの本は、すぐ読んでしまいたいのだけど、これは妻と同じスピードで共有していくことにしている。少し時間がかかるけど、お優さんのこの宝物は、妻といっしょに読ませてもらう。朗読していても、不覚にも言葉がつまってしまうところが度々ある。なかなか先にすすまない(笑)僕が言葉をつまらせている間も、妻は、瞬きもせず、しっかりと目を見開いて、次の言葉をまっている。

病気は家族をひとつにする。家族が一丸とならないと、乗り切れないから、自然とそうなるのだろう。僕らは病気から、色々なことを学ぶ。妻は、今の状態を、ただ悪いかわいそうな状態ではないと明言していた。小さいながらもこのベッドの上が安らぎのある我が家であると語った。ちょっと寂しかったけど、安らぎのある平和な場所がそこにあるのなら、何よりだ。

明日から、フィギュアスケートをしばらく見せようっと。

未分類 | 19:18:03 | トラックバック(0) | コメント(1)
のどもと過きれば、、、
喉元そんな諺があります。

熱い味噌汁やお茶をのんで、熱くてゴクンとした経験は、ほとんどの方がされていると思います。
そーです、喉元過ぎても、熱さは忘れませんね。胃に入るまで、ずーっと熱い。

白雪姫プロジェクトは、この導線に火をつけちゃった。それを聖火リレーのように火を灯してみたら、喉元過ぎても、諺のようにはならない。結果は真っ逆さまだよ、、ってなことになる。今は、そんな時期なのかもしれない。

端座位は、管理者にとっても、家族にとっても、両者にとって「喉元過ぎても、熱さ忘れず」なのでしょう。

僕らは座るしかない。でも、強行突破はいただけない。病院は僕らの味方だ。これはとても大切なことだ!

僕は恵まれているのかもしれないけど、本当に素晴らしい病院にたどりつけた。色々な方に導かれて、ここに居させていだだいている。妻もわかっていて、スタッフの皆さんへの感謝は尋常じゃない。

本当に日々、妻の感情をみんなに知ってもらいたいと思う。ぼくは、このあたりが、妻のいいところだと思っている。素敵だ!

かっこちゃんたちの努力で、座ることの効力、その事実は文章としてのこっている。僕も、病院に伝えずにスタートしたのはまずかったと思う。味方に相談をするのが筋である。

立場による弊害はあちらこちらで見られる。本心を伝え合える関係こそが、「常識」を乗り越えられる「信頼」に繋がる。

もちろん、その逆にも作用する場合もあるんだけど、ぼくらは絶対に使い道は間違えない。

いつだって、そこに真実はある。
座ることは、本当のことです。

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座れるときは座ろう!
今日は病院に来た時には、ひさびさの38℃以上の熱だった。目をとじていたけど、僕の顔をみると大丈夫とウィンクした。左目に眼帯のようにカーゼをつけているので、そのように見えるわけだけど、きっと正確にはウィンクではない。

アイスノンをしながら、夕飯をとりながら志村どうぶつ園を見て、そのあとサザエさんスペシャルをみている途中で目をとじた。熱があるから、つかれちゃうのかな・・・と、おでこを触るともう熱はさがっている。体温を計ってみると、36℃3分である。2時間弱で2℃も下がった。こりゃぁ、自分の身体とつきあうのも大変だろう。

ビデオを外そうとしたら、目をあける。それでまた少しみるけど、目を閉じる。それでビデオをしまうと目をあける(笑)・・・「ねぇ、ねぇ、どうする?端座位やるの?」と聞くと<やる>とまたウィンクをする。左目の反応がにぶいので、ウィンクのようである。これはキュートだ。

それにしても、やる気が充実している。こんなに体温変化があるのに、座りたいというのだ。外出をしてから、さらに前向きになったように感じる。それと、座ることが自分をどんどんよくしていくという実感があるのだろうと思う。今度、柴田先生にあったら聞いてみよう。

座ることの素晴らしさをもっと伝えないといけないと思う。みんな寝てる場合じゃない。走んなくてもいい、歩かなくてもいい、座るのだ。この座る事が、人間の身体の機能の回復にどれだけやくだつのかということが、当たり前になればいいのにと思う。

人間社会は難しい。すべてを平等にするために、システムを作ろうとするからだ。でも、すべてを均一にやることは不可能だ。復興の問題もそうである。どうしてもプライオリティをつけて、順番をつけて着手していかなくてはならない。実際はそうなのに、平均、平等を意識するので、問題になりそうなことは面倒なことになる。でも、座れる人は座った方がいい。

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生きること
星も植物も動物も人間も、生命は生まれた瞬間からカウントダウンがはじまるという事実は、当たり前のことだけど、いつもそのことを意識して生きている人はいない。きっと、身近に生命の危機を感じたり、身近な方が他界したりすると、そのことに向き合うことになる。とても大切な瞬間だ。

誰だって、身内が他界すれば悲しい。身近な人であればあるほど、そうだろう。だけど、最近思うのだけど、本当に本質的に悲しいことなのだろうかと思う。生理的にはこの悲しみはどうしようもないのだけど、悲しいだけでないのだろうと、最近は思っています。

他界ということばはいい。他の世界へ旅立つという言葉、これはいい言葉だと思う。これが本当だとすると、あちらの世界では、誕生ということになる。そう考えると、やはり魂は循環しているのかもしれないとか考える。毎年咲く桜は、そのことをわかりやすく僕たちに伝えているのかもしれない。

妻のおばさんが他界した。妻が倒れてびっくりして、あれは最初の病院にいた頃だったから3年半前だと思う。もう高齢だから、きっと東京へくるのはこれが最後になるだろうと言って、妻を見舞ってくれた。そのあとも、色々とお世話になった。定期的に妻のことを伝えたり、電話をしていたので、体調のことは聞いていた。しかし、やはり悲しい。

妻におばさんの話しをした。<わかった。理解した。>というように、しっかりと僕の目を見つめ返して、口を大きくうごかした。こんなときに、言葉を読みとれればいいのにと思う。伝えたことがどっと流れ出している瞬間だ。でも、僕にはわからない。端座位をしながら、おばちゃんの話しをした。

アフリカのどこかの種族では、誰かが他界してもそれは死んだことにはならなくて、みんなが覚えているうちは<生きている>と考えるんだってさ。そして、みんなの記憶からその人が忘れられたとき、その人は<死んだ>ことになるんだ。これは、すごい考え方だね。たしかに、訃報をもらわなければ、僕らの中ではおばさんは生き続ける。悲しみは知る事でやってくる。でも、しっかりと知ったほうがいいと思うよ。・・・・

実際、人は人との関係性の中で生きているわけです。他界した方の影響をうけて、がんばったりすることもあります。そういう意味では、たしかにその方は存在しているとも言えます。そして、その影響力がなくなり、忘れられた時、悲しみを誰に与える事もなく、去っていくのです。

そんな話しをしながら、端座位を25分とった。今日はドクターXとワンスアポンアタイムを録画して持って来た。あまり見る気分でもないかな?と思いながら、見る?と聞くと、なんとなくどーしようかなって思っている様子だった。やめておこうか?というと、やっぱり見るということになった。今、ドクターXが終わり、ワンスアポンアタイムに突入した。
でも、今はテレビをみながらも、きっと気持ちはあっちへ行ったり、まだもどってきたりといったところだろう。
画面はついているし、目はしっかりあいているけど、今は画面をぜんぜん見ていない。
呼吸もすこし乱れている。そうだよね。今日の夜は長い夜になるだろう。
思いは幾重にも重なり巡ることだろう。
妻が最初に作った詩のなかに、長い夜の話しがあったな。

『強き夜 どれくらいの暗闇か 図りかねつつ朝を待つ』

今日はうとうとするまで、ベッドサイドにいることにしよう。

未分類 | 18:25:09 | トラックバック(0) | コメント(0)
スーパーマン、スーパーウーマンの集い。
はりきって朝から自主トレへと、きんこん午前の会へと行きました。半年ぶりに、かっこちゃんとも会えて、思わずありがとうございますと、手をとった。

柴田先生ご夫妻と、お優さんもいらして、よくよく考えてみると、スーパーマンやらスーパーウーマンだらけの会です。

かっこちゃんは、僕に、指談のこつを教えてくれました。そもそも、僕は相手の手を強く握り過ぎていてことがわかりめした。かっこちゃんから、西嶋さん、それじゃあ手を動かしたくても動かないって(笑)全く、根本的に下手っぴなわけでした。

この後、障害をもっている当事者が参加してくれて、僕らにやり方を教えてくれるのです。すごい事です。

僕の練習を助けてくれたAさんのお隣に、柴田先生と同じ方法で言葉を読み取れるスーパーマンがいまして、その方の通訳を聞きながら、Aさんからレッスンを受けました。

奥様は中途障害ですか?と質問され、ハイと答えると、自分とは立場が違うが、大変なことでしょう。しかし、絶対に絶望だけで生きているわけではありません。身近にいる旦那さんが、言葉を読み取れることは、とても良いので、優しさを持って、頑張ってください。、と、励ましてくれながら、レッスンしてくれた。

Aさんは、僕が分かりやすいように、とても頑張ってくれた。おかげさまで、もしかしてら僕にも出来るのかもと思った。

スーパーマンや、スーパーウーマンは、やはり当事者である彼ら彼女たちだ。そう思うとますます、すごい集いだなと思う。

まぁ、結論から言えば、僕はまだスーパーマンの気配はないです。しかし、ダメダメなタイプが逆転ホームランのような変身をとげるというストーリーが、ヒーローストーリーであるならば、十分にその可能性、条件は持ち備えている。

散歩して外でお優さんの本を朗読したら、妻の呼吸が乱れた。きっと思いがリンクしちゃったのだろう。

落ち着いてから、アイスクリームを食べた。ハーゲンダッツのバニラだ。まだ、ゼリーなどは無理だけど、アイスなら行けると思って試して見た。

バッチリ!口を自分から開けて食べにる意欲を見せてくれた。僕らには筆談より食い気が似合っているということのようだ。しかし、これはやっぱり味が分かっているということだ。コーヒーもコンビニのは必ずミルクを入れていたし、砂糖を入れる時もあった。でも、スターバックスにしてからは、ブラックでとうしている。

嬉しいような、懐が痛いような、悩ましい喜びである(笑)

爪を切っていたら、左手の親指をしっかりと続けて、意識的にスイッチを押すように、しっかりとした力で僕の親指をプッシュした。あれ?今か、押した?と聞くと、何言ってんの?ほら、ほれ、ほーれ!とプッシュした。

あなたの指談は当てにはしていないから、気にしなくて良いのよ。あなたが出来るようになるのと、それより、ほーら、、私がレッツチャットを使えるようになるのと、どちらが早いか?競争してみない?

、、と、煽られたようだ。明日から、スイッチ練習も再開しよう。どっちでもいいなー。レッツチャットなら、詩が書きやすくなるし。

みんなに言葉があることは、奇跡ではない。普通のことだ。そんなことが、当たり前の世界へと、一歩づつ近づこう。

僕より妻の進み方の方が早いかもしれないけど、方法は、早いもの勝ちでいい(笑)

未分類 | 17:34:13 | トラックバック(0) | コメント(2)
涼しい顔の君
会社を辞めて1年が経った。正式には今年の2月中旬に退社したのだが、現実的には昨年の10月末に肺炎で入院したのが最後だったようなものだ。そう考えると1年が過ぎた。

体力がめっきりと落ちて、今年の夏までは、体重は10キロも戻ってしまったくせに、体力はまだまだ戻らなかった。カゼはすぐにいくし、ちょっと外出すると、夕方以降はぐったりしてすぐ一杯のんでダラダラしてしまうような状態だった。

そんなだらしのない日々にいやけがさして、学校に行き出したのが8月の19日からだ。しんどかったが、それに上乗せして9月後半からは学校の講師をはじめた。この頃、小松崎さんのレコーディングやら撮影も平行してやっていて、横浜の能舞台での日本舞踊の週一回の練習と講義を撮影するというようなこともやっていた。

どこかでまたダメになるのかなというくらいにハードだったけど、どうにか乗り越えられたように思うのは、10月の中旬くらいからだ。今でも授業にはついていけない、落第ギリギリなダメ学生をやりながら、90分の講義の資料を作るのに毎週16時間以上ついやしながら、あっぷあっぷの毎日だけど、それでも妻の3年9ヶ月ぶりの外出をしたり、詩をプレゼントしてもらったりと、そんな日々を過ごしているうちに、なんとか完全に体力がもどったなと感じている。

ここ8月〜9月はガラにもなく、ノンアルコールビールなんてものを購入して、毎日飲んでいた。いつもは外で打ち合わせという名目で、飲んだくれるのだが、それもノンアルコールですませていた。まったく僕らしくない(笑)

それが、やっと普通にもどり、また太ってしまったというわけだ。どっちに転んでも、なんだか結局ダメな人間である。

そんな、僕があっぷあっぷしながら過ごしている日々も、妻は涼しい顔で、一歩づつ前へ、前へと進み続ける。これがうれしい。僕がここで立ち止まるわけにはいかない。結局、妻にお尻を叩かれながら生かされているのはこっちのほうだ。彼女は今、端座位が終わり、涼しい顔で、男子バレーボールを見ている。なんとなく浮かない顔だな・・・と、画面をのぞきこんでみると、ロシアとのバレーの第一セット、16対24で負けている。

今日はたけちゃんが、指談でまたかっこいいことを言っていた。そんな話しを端座位の時に伝えた。妻は僕については、諦めているようだ。割り切りの早い川筋者だ。先日、柴田先生とあったときに言っていた。「柴田先生のこの手だけでも、置いていってほしい」・・・という、ジョークから、「柴田先生の特別なやり方は難しいけど、いろいろな人が筆談が出来るようになっているようですね。わたしのところには、最近はお優さんが来てくれるから、たまに会話ができるようになってうれしいけど、夫はできなくていいけど、他にも出来る人がいるとうれしいです。」

・・・・・・・・。
サラリと言っていて、だれもがスルーした。僕はショックをうけながら自分でもスルー(笑)そうなんだろうな。きっと僕は才能がないのだな。それを妻は読みとっているのだろうと思う。しかしね、どんな劣等生でも、どんな不良でも、それがバネになってがんばって成功する話し、、どこにでもあるパターンだろ?だいたいヒーローは、変身する前はダメな近眼の使えない記者がスーパーマンになったり、たしかスパイダーマンだってそんな感じだったはずだ。ジョーは少年院にはいっていたし、星飛雄馬は貧乏でも、大リーブボール養成ギブスで特訓して、スポーツカーをぶっとばす花形満を打ち取るまでになる。

話しのつじつまがあっているかどうかは関係がない。気にする必要はない。だから、きっと僕も出来る日がきっと来る。未来の希望に向っているストーリーの途中であるということだ。かっこちゃんのメールの中の、誰かの文章の引用に、<永遠の過去と永遠の未来の中間、それが今だ。この今を一生懸命に生きる、これが日本古来の神道の考え方だ・・・>・・・みたいなことが、書かれていたように記憶している。そう、過去も未来も永遠にあるのだ。僕らは今をがんばることだけだ。未来の不安も、過去のくやしさもいらない。

だから、明日は午前にきんこんの会に自主トレに行く。そこで勉強してから、そのまま妻の病院へと向おう。だから、この氷の心をもつクールな涼しい顔の妻にサラリと見捨てられたけど、ぼくはそんなこと、引きずらない。・・・ははは。。。

未分類 | 17:57:54 | トラックバック(0) | コメント(1)
のぞきこむ瞳
一昨日はもう端座位が出来ないと思っていた。結局ドラマを見ながら眠っちゃった。きっと内容はわかっていないなと思いながら、19時を過ぎた頃に熱をはかったら6℃台に下がっていた。念のために「どうする?端座位」と訊ねると、はっきりと「やる」と意思表示があった。例の、目の上下の動きだ。この目のサインは、意識的にしっかりと出来る、これはこちらも感動的です。本当に感動的なほど、相手の意思がはっきりと伝わってくる方法ですから、ぜひ試してみてもらいたい方法です。これも、やれるまでには3年9ヶ月かかりましたので、焦らずに、たまに思い出したときに試していけばいい方法だろうと思います。

今日は少し熱がありますが、先ほど夕焼けが見える窓のほうを見ながら端座位をとった。端座位をとりながら、夕焼けから暗い空へと移っていきました。妻の詩のことを、本当に心からすごいと思うよと話しをしていると、その時だけは「本当にそう思ってんの?」とでもいうように、僕の真意を確かめるかのように、目を覗き込んで来た。ここで目をそらす訳にいかない(笑)

「なんか数日時間がたつと、もう詩に手を入れたくなくなってきた。直した方がいいだろうなーっていうくらいのことでは、手をつけたくない。確実にここは直したほうがいいと決意できたときに、手をいれるよ。そのくらい、ストレートに伝わる凄みみたいなものがあるね。中島みゆきさんは、暗くてきらいとか言っておきながら、君はどちらかといえば、そっちのタイプだぜ。ま、僕はそんな手強いタイプは好きな方だよ(笑)」・・・などと、話しをしているうちに、あっという間に真っ暗になった。

この前眠っちゃったから、今日はやっぱりドラマがいいということで、ドクターXから見直しているところだ。妻がビデオを見ているあいだに、今年8月8日に柴田先生がいらしたときの妻の言葉を読み返してみた。

まだ、アプローチがざっくりしているけど、やはり注目するポイントは、妻の中にある激しさだ。

「良い人生 悪い人生問うなかれ ロウソクは燃え尽きるまで炎なり」

あぁ、こいつ。男だったら川筋者だっただろうな・・・と、その内包された炎のような気性をかいま見たような思いだった。この日からまた3ヶ月がすぎて、今回の詩は3編。そしてその完成度もみるみる上がっていると思う。

こうなると、もうほっとけ・・・という方向にしたほうがいいのかもしれない。次回の詩た楽しみだ。こうやって、僕らには、最初と最後に蜜月がまっていたそうで、世の中の普通の夫婦よりも面白い、最後の人生を楽しんでいけそうだ。

僕も妻も、飲み始めたら長っ尻だ。この僕らの最後の一杯は、もう一杯、もう一杯とかいって、吞み潰れるまでおかわりしていくことにしよう。

未分類 | 18:22:03 | トラックバック(0) | コメント(0)
未来の流転

今日は、顔をみるとなんかぐったりしている。ははー、熱があるな。・・・37.5℃だった。不思議なもので、外が暖かいと熱が出やすい。不思議だけど、人間はやっぱり自然・地球とつながっているのかなと感じる。これじゃぁ、端座位はとれない。

「今日はね、ドラマやら、バレーボールやらいっぱい持って来たよ。バレーボールは全部みると6時間かかるけどね(笑)ドラマは、ドクターXとワンスアポンアタイムだ。さー、どっち見る?」

疲れていて、無表情だ。「バレーボール?」<・・・・無反応・・・・>
「ドラマ?」<パチリ!>「あー、ね。ドクターX、面白かったもんね。今回は泉谷しげるさんが出演しているんだよ。すごい才能だよな。先週の授業でね、1974年リリースの「眠れない夜」を学生に聴いてもらったんだよ。ディスクリートのミキサー卓で録音されたサウンドはストレートなサウンドでかっこいいんだ・・・あ、および出ない?および出ないね。・・・こりゃまた失礼いたしました〜」と、熱があるくせにドクターXをしっかりと見ている。

さて、そんな妻の作品です。


「未来の流転」

私たち夫婦にとって 二度と訪れることのないあの若き日の蜜月が
こんな身体になったからこそ訪れるとは 
世の中の誰も気づかぬことでしょう

私たちにとっての蜜月は 始まりと終わりにまっていた
私たちの蜜月は 私たちの間の長い長い空白を
まるで何事もなかったかのように 私たちの心をつなぎ止める

まるで何もなかったかのように空白の時間を埋めるかのような
暖かい月の光と 甘い蜜の味に満ちているのかもしれない

そんな甘い蜜と 暖かい月の光の蜜月に 私は身を委ねながら
これまでの私の「業」を思ったりするけれど
この甘い蜜月は 私の暗い「業」まで溶かし尽くしてくれたようだ

私の心の中には もはや昔のあの暗い「業」は残っていない
私の心の中には 今はただ甘い蜜と暖かい月の光が注ぐのみ

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

間違いなく、今の身体になっていなかったら誰にも伝えない話しでしょう。誰しも始まりは蜜月から始まるよね。でも、あっという間に、忙しい日々に謀殺されながら、妻は一人でお腹をかかえて過ごしていくことになります。それからといいうものは、どれだけほっぱらかしていたものか、、長い長い空白・・・・だって・・・心が痛い。

まいったな。でも、これは作品だから、僕と妻のことというより、今の妻の心を表した作品として、僕としてはディレクターとして、これを発表していく道を考えるべき立場なわけです。

今回のタイトルはとてもいい。実は、最初は思いつきで「7つの夜」というタイトルを伝えてきて、それをとりやめて、このタイトルとなった。流転・・・は、無常に通じる。目には見えなくても、常に変化していくのが人生だ。常なるものは無し。誰しもとどまることは出来ないのだ。

・・・・このやろう、ほめ殺しの手を使いやがった。いつからこんなに頭よくなったんだ?えっ?これじゃぁ太刀打ちできやしない。ずるいぞコラ。これなら、政治家もアゴで使えるぜ。5000万貸してくれるかい?君が捕まっても、僕は絶対に返さないけどね。

未分類 | 18:05:36 | トラックバック(0) | コメント(3)
花も実も
ハナモミモ

私にとって「心の果ての悲しみ」の宿る スキマ風が吹く場所は
昔はたくさんあったから 私はとても淋しかった

こんな身体になってから 私の心のスキマ風は
いつかどこかに消えて行った
私の心の中には いつも穏やかな春の風が吹いている
私の心のスキマ風 いったいどこへ消えたのだろう

私の身体は隙だらけなったのに 
私の身体に何故スキマ風は吹いてこないのかしら

私のような身体になって スキマ風が吹かなくなるとは
全く予想もつかなかったけれど
こうして本当にスキマ風が吹かない
隙だらけの身体をかかえて生きていると
私も スキマ風のような冷たい風を
吹かせていた頃を 悔いるけれど

私はもう どんな風も吹かせることが出来なくなったけれど
私の心から吹き出す風は きっと昔より穏やかな風になったことでしょう

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

たいへん、荒削りだ。でも、とても可能性のある詩だと思う。
まだ、手は入れていない。

原石とはこんなものを言うのだろう。とても魅力的な詩だ。個人的には悲しかったり、嬉しかったりとても複雑なものである。心臓を掴まれたような感じだ。

8月に、柴田先生がいらっしゃったときに、妻が星野富弘さんの詩「傷(レンギョウ)」を思い出して、家の中のどこかにあるはずだから、星野さんの詩集を持って来てほしいと言った。きっと、この詩に触発されて書かれているのだろう。<わたしは傷をもっている でも その傷のところから あなたのやさしさがしみてくる>
僕はこの詩のことを知らなかったから、衝撃をうけて、涙がこぼれた。

妻もこの詩はとても気に入っていて、それを自分の心の隙間風にかさねたのだろう。しかし、やはりタイトルがとても遠いところからのアプローチだ。距離感がありすぎるようにおもう。もちろん、本当にタイトルはこれでいいの?と僕は妻に再確認した。即座にうなずき、しっかりとした意思をもった右目でまばたきをした。そうか、これでいいようだ。

それで気がついた。星野さんは、この詩にレンギョウの絵を書いている。妻は、それを言葉でやって見せたのだ。
このアプローチはある意味過激である。しかし、言葉としてはシンプルで「花も実も」である。どんな花も散る。そして実を結び種は落ちる。その時間の流れを、成長と呼ぶのか、老いと呼ぶのかは知らないが、どちらにせよ、風にふかれて生きて行くのだ。

僕はいろいろなタイプのアーティストや作家と作品をつくらせてもらったので、色々なケースを見て来た。そういう意味で妻の気持ちもアーティストの一人としてわかるつもりでいる。「今」の妻の気持ち=「詩」を創り出す面白さを堪能しているのだろうと感じる。詩に正面から向き合う面白さを知った瞬間の感動が僕にストレートに伝わってくる。それこそが妻にとっての「今」であると感じる。

だから、このタイトルは言葉自体はやさしい言葉なのに、何故この詩のタイトルに選んだのだろう?と一般的には解りにくいことを敢えてトライしたいという気持ちなのだろう。それこそ、作家の自由と勇気の使い方である。妻は言葉で絵を書いたのだ。言葉をそのまま<花も実も>とすると、アイキャッチが足りないから、ここではカタカナにしてみた。

普通なら、どう考えてもこのタイトルは「隙間風」となるはずだ。まだ確認していないけど「花も実も」の「実」は「身」(身体)と韻を踏んで、ダブルミーニングなのかもしれない。妻はきっと、この僕の反応を楽しんでいると思う。声のない自分のこの心の謎解きを僕に突きつけているようにも思う。ここらへんが、彼女の僕に対してのブラックジョークかもしれない(笑)人間はやっぱり正直に生きないといけない。こんなふうに、自分のやったことはもっと難しい形でもどってくる。やり返されちゃうのだ。

それにしても、いい詩だな。
あしたは3作目。夫婦の話である。でも普通・・これ、書くかなぁ。。。つづく

未分類 | 15:57:26 | トラックバック(0) | コメント(1)
命の木霊
昨日の余韻にひたりながら、妻は剣心を見ている(笑)食後に端座位30分を終えて、やっぱり剣心である。これを書いている途中で19時になるから、剣心を中断してたけちゃんへ気持ちをとどけてから、また剣心をつづけよう。

昨日の余韻というのは、僕のほうである。でもきっと妻もそうだろうと思うのだ。まやもびっくりしていたけど、妻は詩を3つも書いていた。お優さんが清美に「詩を書いたの?」と耳打ちしたら、指談で「3」と書いた。すぐにお優さんは「西嶋さん、清美さん詩が3つ書けているみたい」と話してくれた。ひぇーすごい。

まやちんが落ち込んで話しが進まなくなった。もう帰らなくちゃいけないけど、いいタイミングだと思って割って入った「柴田先生。さっきお優さんから聞いたのですが、清美が詩を作っているみたいなので聞き取ってくれますか?」妻:「今、言っちゃっていいの?」と言ってから、妻はまやちんに「そうそう、私は何も変わっていないと言ったけど、一つだけ変わったことがあるの。最近、詩をかくようになったのよ。私が詩を書くなんて信じられないでしょう?」まや:「信じられない」妻:「そうなの。これだけは変わったところかな。だからあなたにも、聞かせてあげるわ」・・・と詩を伝えはじめた。柴田先生の通訳のスピードが少しだけペースダウンする。詩はフレーズが通常の会話とはちがうので、確認するのに少し時間がかかるそうだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
命の木霊

私の心の中にある キレイなキレイな塊が 
いつか私の心から 溢れてしまう夢を見た

その溢れたキレイなキレイな心から
私はいったいどんな夢を育てたらいいのだろう

私のキレイなキレイな塊は 遠い昔になくした心

キレイなキレイな心の塊を 私はこんな身体になって 
今、必死で探し求めている

私の心の中に キレイなキレイな心の塊があった場所が
まだ残っていて 懸命に人の様々な気持ちを注ぎ込んで
そこに新しい キレイなキレイな心の魂を作ろうとしている

今はまだ それはキレイなキレイな心の塊になりきれてはいないけれど
こうして沢山の人の心をいただければ 私の心にまた新しい
キレイなキレイな心の塊が生まれるにちがいない

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

フレーズの構築は、まだまだ荒削りだけど、前回のものより数段表現力がついている。
今日、端座位をやりながら、3つの詩ともとてもいいと心から思ったと伝えた。
しかし、口頭で綴っているので、どうしても目で文字をみて確認していないから
前後の流れをもっとよく出来るところがあるなと僕は感じる。

ーーーーー<ここで、たけちゃんへの時間を5分とった、ちょうど看護師さんが着たから、看護師さんにもたけちゃんの話しや、昨日の会の話しをした>ーーーーー

もちろん、このままでもいいのだけど、30年もディレクターをやっていると、ついそんなことを思うものだ。妻が他界するかもしれなかった倒れた当日の夜中に、詞をかいているうちに、イメージが因幡さんの声にダブり、そのまま詞を書き上げたりしているのだから、この根性はすっかり染み付いてしまっている。結局その曲「ベッドサイド」は、因幡さんの35周年記念アルバムに収録していただいた。そんなことばかりやって生きてきたので、妻の作品も少しだけ手直しを僕がして、その確認を妻にとりOKが出たら出来上がりというような形にしていこうと思っています。

そうすれば、これからの人生が面白くなる。僕らがこれからも二人三脚でできるクリエイティブ作業を手にいれることができる。それを僕がディレクションして、来年からは作品にしていこうと考えています。そうすれば、このあとの僕らの人生が面白くなってくると思う。

3つ目の詩は、僕ら夫婦についての詩だった。その中に「私たちの蜜月は、始まりと終わりにまっていた」というフレーズがある。僕が50才、妻が49才で倒れた時には、人生真っ暗だと思った。しかし、それから3年2ヶ月がたち、白雪姫プロジェクトと出会い、そこからがぼくらの後半の人生がガラリと変わって行った。4月に宮ぷーとかっこちゃんに会いに行って、端座位を教えてもらった。5月に柴田先生によって3年3ヶ月ぶりの妻の思いを聞くことが出来た。そして妻は詩を書きたいと言い始めた。8月に柴田先生が着てくれたときに、詩はしっかりと出来上がっていた。

さらに、もっと書いていこうと話しをしていたが、僕には読みとることが出来ない。それが昨日の外出で、柴田先生にあって引き出してもらった。

タイトルが難しいのじゃない?とたずねてみたが、それでいいみたいだ。
内容との距離感をあえて作り出しているようだ。ここら辺は、僕の偏屈さがどこか映っているように感じる。昔は僕は気づいていなくて、いつも、妻を傷つけるようなジョークを飛ばしていたが、そのうち妻もそれに慣れて来て、僕のブラックジョークに笑顔で答えるようになってきた。きっと、そんな毒のあるセンスもいくつか披露してくれている。僕はそんな強い言葉の使い方が好きだ。

命の木霊・・・「キレイなキレイな」・・・という、必ず2回木霊している言葉や「塊」という強い言葉。僕はその言葉の使い方にびっくりした。まさか妻がこんな言葉の使い方をやってみせてくれるとは思ってもみなかった。

明日は2つ目の詩を紹介します。

未分類 | 19:48:44 | トラックバック(0) | コメント(2)
I’ll be Back!


快晴!
今朝、一番のメールは、下成佐登子から「清美晴れ!」という笑えるメールだった。
そう、今日は外出日。佐登子さんに、Thumbs upマークを送り一日が始まった。
そして19時に、たけちゃんの回復に念をいれてから、これを書き始めた。

妻は3年9ヶ月ぶりに、私服を着ておでかけをした。運転は次男がする。助手席には妻の親友のまやちんが乗っている。僕と妻は、後部座席に偉そうに座っている。僕らがドライブをしている。土曜日はとても混んでいて、お出かけのうち4時間は車の中、現地には1時間半ということになった。

お昼に病院についたときに、すでに妻の気合いは入りまくっていた。体温は36.9℃、セーフだ。妻の親友のまやちんが、妻のために靴下をもってきてくれた。5本指のやつだ。毎日はくのはめんどうだけど、こんなお出かけの日にはこれがいい。少しでも血流が良いほうがいい。こういうちょっとした心遣いがうれしい。

2時間のドライブで、吸引は1回だけだった。目的地につくほんの5分前にコンビニの駐車場に入って吸引をした。明らかに、なるべく吸引しなくていいようにと、妻はなるべくゴクンと唾液を飲み込んでいたようにおもう。嚥下が意識的に出来るようになってきているということだ。これもすごい。

こういう、凄い事は、やはり必要にかられ、その対応のために生まれるということのように思う。座ることで、首を使う。とてもいやだから、首を横に振る。Yesを伝えたくて、なんとか右目だけでもまばたきをする。・・・というように、必要なこと、必死に伝えたいこと、は身体ががんばるのだ。

今日は快晴。光が飛び跳ねていた。あたたかいし、うれいしのだけど、妻の左目はまぶたがうまく作動しないままだ。窓から光が直接あたると良くないのだ。ほっておいたらきっと失明しちゃう。当然この可能性は予想していたので、今日も野球帽はもってきていた。目の保護のために、深めに帽子をかぶせれば目を守れる。・・・一週間前の練習外出でも、これは有効だった。

でもなぁ、、、先週思ったことは、これじゃぁ景色がかくれてしまうのでもったいない・・・ということだった。それで今日は、いつも運転で眩しい時に使っているサングラスを妻にかけてみた。

おー! I’ll be back! 

サングラスをかけた瞬間に、僕がそう声をあげた。ターミネーター好きの息子はすぐにバックミラーを見て「おー、いいね!」と反応した。あまりにカッコイイと思ったのと、道が混んでいて、つまらないこともあって、僕は妻の写真を撮った。それがこの写真だ。

光で顔半分が飛んじゃうようなポイントでシャッターをきったのが、けっこういい感じになった。元はもちろんカラーだけど、ターミネーターみたいにしたいと思って、カメラをいじっていたら、こんな風になった。なかなかクールだ。悪くない。

柴田先生とは8月前半にあった以来だ。妻は講演後、久しぶりの柴田先生との会話を楽しみ、そして親友のまやちんに話しかけた。その言葉のストレートさに、まやちんはビックリして、動揺していた(笑)・・・、これは僕は以前からわかっていたことなんだけど、まやちんは僕らをいたわってくれていて、妻も当然どんどん良くなって来ていると思うし、すべてわかっているよねと話しをしていた。でも、<そう思いたいという願望>として感じているという風に僕はうけとっていた。

あぁ、違うんだよな。清美は本当に全てわかっているんだけどな・・・でも、この微妙な感じは、僕はそのうちわかることだから、どうでもいいやと思っていた。本当にそうおもっていても、思おうとしている段階でも、どってでもいい。だから、僕はそこについては話しをしなかった。だって、誰だって、身内が真剣にそんな話しをしたら、「そうですよね、きっとそうです。わかります。」ってことくらいしか、セリフはない。

それを、妻は柴田先生経由でまやちんに指摘した。僕は「あーあ、言っちゃった」って(笑)妻は親友には、はっきりと明確に理解してもらいたかったのだろう。「私、ぜんぶわかっているよ。でも、しゃべれないだけなの。だから、以前のように普通に話しをしてほしい。」と言い始めた。ぜんぶの言葉を覚えていないけど、要約すると、、、「私は普通にすべてわかっているのに、みんなかわいそうとか、そんなムードで、会話がちょっと遠い感じというか、気をとてもつかってくれていて、そのポイントがずれている」・・・ということを伝えていた。

へー、よくこんなこと言えるようになったね。妻の性格を考えると、前ならぜったい口にしない切り口だろうと思うけど、それだけ、親友にはわかってもらいたかったのだろう。まやちんは、びびって言葉がなかった。車の中でも反省しきりだった(笑)こうやって、一人一人、ほんとうに妻に言葉があり、思想があり、感情がはっきりとあることを、、、ついに、本人が伝えはじめたのだ。

もちろん、柴田先生経由である。柴田先生が通訳をするときのこの柴田先生の手だけでも、おいて行ってほしいくらいだと言っていた(笑)台詞がいい。なかなか、いいセンスだなと思った。

今日の柴田先生は、スーツを着て、障がい者たちのほとんどに言葉がある事実を伝えようと、暑く講演をしていた。それに聴き入っていた妻は、講演後、柴田先生に伝えた言葉は、「私の病室に、笑いながら入ってくる人は、柴田先生とお優さんだけで、この人たちは、ただものではないとおもっていたけど、柴田先生は、ただ笑っているだけでなく、ちゃんと真面目に話しもするのですね。」・・・というジョークだった(爆)もしかしたら、本気の言葉だったのかもしれない(笑)

5時間半の外出。往路2時間ドライブ ミーティング1.5時間 復路ドライブ2時間。
すごいな。こんな事が出来るようになった。すごいぞー!すごい!
あー、楽しかった。 I’ll be back!!


未分類 | 21:40:07 | トラックバック(0) | コメント(7)
明日という意味
いよいよ、明日は外出本番日だ。先日実際に外出しているわけだから、練習も本番も気持ちだけの問題だ。本番というより2回目ということだけど、妻が友人以外のこれまで会ったことのない、新しい人たちと会うという意味では、大冒険の日がやってきたわけだ。

たけちゃんと柴田先生と会うんだと説明していたぼくは、たけちゃんのことを妻に伝えた。そして、みんなで気持ちを合わせて回復を祈るのだと伝えた。死の淵を歩いた経験者である妻は、きっとたけちゃんの気持ちがわかると思う。

妻が倒れた時もそうだったけど、僕らはいつも明日が当たり前にあると思って生きている。しかし、自然災害もあるし、人工的な事故とか、事件とか、様々な不確定なことがあることも事実だ。でも、僕はそれらもすべて自分の人生だというように感じるようになった。どんな理由でも、時間はもどらないのだ。

たった今、彩さんのコメントを読んだけど、今、この時も当たり前だけど不安があるだろう中で、幸せだと断言できることも、それは比較論でなく「今」と真っ正面から向き合って、そして、周りの方々の気持ちが集まってきていることを体感できているからこそ、「幸せ」という言葉を発信できるのだろうと思う。

人の気持ちは不思議だ。たしかに、感じることがある。「祈り」にパワーがあることは事実だろう。
僕らは通常より困難だと思われる経験をしている。しかし、その経験のおかげで「幸せ」を感じることも事実です。でも、通常より困難って何なんだろう?とかって、考えはじめると面倒なことになる。比較論的な考えだから、それを元にすると、上も下もできてしまう。それは人間として当たり前の感覚だと思う。しかし、その経験をした上で、僕らは「今のまま」を受け入れることを学ばなくてはならない。

僕は今日妻に声をかけた。やる気満々の目つきだ。「外出ができるなんていう日が来るなんて、予想していなかったよ。でも、やってきた。僕らはお互いに3年9ヶ月も辛抱してきたんだ。あしたは、しっかり僕らの外出を楽しもう!そして、たけちゃんのイベントに行って、心をあわせて、たけちゃんへ気持ちが届くようにお祈りしよう!」

妻は気合いの入った目でぼくを睨むように見つめて、頷くようにまばたきをした。

未分類 | 21:43:28 | トラックバック(0) | コメント(1)
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